2023年09月10日
日本年金学会総会における研究発表について
本年 7月末締め切りで 日本年金 学会 第43回 総会における 研究発表について 応募していたが 9月6日 (水) 同学会から 発表 依頼 が届いた
8月に 開催される 理事会で 選考が決まると 聞いていたので 選考の結果が メールで来るのか 郵送で来るのかも分からず 結果発表を待ちに待っていたが 余りに遅いので 勇気を出して 担当者の方に メールで 「選 に漏れたのでしょうか」と問い合わせた
その問い合わせをするのも怖かったが 嬉しいことに 初日の午後一番という ゴールデンタイムに 発表が予定されていた
政府の運用に異を唱える 論文 であるので 学術を旨とする 学会においても 採用されないのではないかとの不安があったのである
テンプレート A 4版 3枚ものでが選考資料であったのであるが 発表用は5枚ものまで許されるので まずは 10月6日(金)までに それを仕上げる
研究発表の後 論文 草稿を 10枚ものに 作り直すのであるが これは コメンテーターのアドバイスもいただけるので ありがたい
10枚分のスペースをいただければ 言いたいことも かなり 織り込めるし 強力な 味方が付いているので 心強い
この内容は 来年4月に発刊される 学会誌に掲載されるので それを武器に 全国社会保険労務士会 連合会から 厚生労働大臣に対して 意見の申し出をして 障害年金 支分権消滅時効にかかる 不合理な運用を 修正していただくよう 進める予定である
社会保険労務士法第25条の38には 実務運用上の改善点等について 連合会から 厚生労働大臣に対して 意見の申し出ができる旨の規定があるので これが強力な武器になる
年金法は 重要な法律であるので 誰もが納得できる 合理的な運用に 改正すべきものなのである
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2023年09月02日
歩道での転倒
8月30日(水 ) 名古屋の名東区の 歩道を 地下鉄の駅から 駐車場に向かって よろよろと 歩いている時 履き慣れない靴の底が 抵抗の大きいゴムであったので 地面との摩擦で 右足に 急ブレーキがかかり 前のめりに 転倒 してしまった
歩き方が悪いせいか この靴を履くと 以前から 時々 転びそうになったことがある ので 気をつけなければと思っていた矢先である
幸い 持ち物は 小さめのカバンだけであったので 柔道の受け身 よろしく 丸くなり 1回転して 着地したので 外傷は なかったが 右の肋骨が 今でも 少し痛い
骨が折れていることはないと思うので 医者には行かず 自然回復を待つ つもりであるが 年相応の 現状を 再認識しなければ いけないと 反省した
この時 すでに1ヵ月半ほど 続けている 油圧ステッパー20分踏みの 鍛錬 が 役に立ったかどうかは定かでないが 外傷が かすり傷一つ なかったことを考えると 効果があったのかもしれない
これから色々な行事等が控えており 忙しくなることが目に見えているが 怪我のなかったのは不幸中の幸い といえる 無神論者の私であるが 神様 仏様に 感謝感謝
タグ:柔道の受け身
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2023年08月26日
国文学者の多彩で深淵な才能
今週は 3日間ほどを 費やし 平成30年2月6日に突然亡くなった妻の残した 古い書物を持ち出してきて 一通り 通読した
この書籍は 『 文論中心 口語文法 』島田勇雄 明治書院 初版 昭和38年5月5日 昭和41年6月30日 4版発行である
裏表紙の 妻のメモによると 大学3回生の時に 購入した ようである
妻は 昭和39年4月入学 昭和43年3月卒業だから 3年生は 昭和42年 となるので 第4版が出て 1年ほどしてから 面白かったからか 必要を感じてかで 購入したようである
著者は 1911年 広島県生まれ 東京大学 文学部 国文科卒 当時は 神戸大学 文学部 助教授 であったようだ
著作物としては 『万葉集の解釈と文法 』『保元物語・平治物語』 が紹介されている
この本の内容については このブログで書ききれないので 割愛するが この書籍には 既に私の引いた朱線があり 一度 読んでいるような痕跡がある
小口の辺りは 日焼けで 茶色く 焦げており 紙も 相当に 弱っている
なぜ また この書籍を 読む気になったのかであるが 必要を感じたからであり 著者の多彩な才能に 尊敬の意を表しているからである
多くの著名な 文学作品の 文例を引用し その使われ方 文法上の意味 等を 説明するだけでも 膨大な 基礎知識がないとできないことである
加えて言えば 多くの学説の違いを頭に置いて それらを評価し 自説を述べるのであるから 並大抵のことでない
後者については 法律の世界でも 学説 や 判例について 同様のことが言えるが 国文学においては 更に その緻密性が高いように感じられる
また 例 問 等を随所に設け 多くの大学の 入試問題も紹介しているが これらは並の努力ではできないことが 痛感される
自然に頭が下がる 思いであるが これに比べ 私が 日頃 仕事で 接する 行政事件 に係る裁判官の 屁理屈には 辟易 させられている
このことについては 瀬木比呂志( 2015.1.20)
『 ニッポンの裁判』講談社 現代新書 によると 「行政事件について まともな審理を行う裁判官は 10に1人である。」( 161頁 8列目)と 紹介されているが これが 改善される 見込みのないことに 暗澹たる思いを抱く
普遍性も必然性もない理由を付けて自己の思っている方向に結論を持っていく強引さには日頃うんざりしている
書籍の内容については割愛する と言ったが 以前 このブログでもテーマにしている 「が」 と「は」について ほんの少し 紹介する
「が」は 大体 述語が分っていて 主語についての説明を求める助詞
「は」は 主語が分っていて 述語についての説明を求める助詞
「が」は未知のことに 「は」は既知のことについて用いる
「が」は述語に重点が「は」は主語に重点がある
「 が」 と「は」の違いの他の点は それらが かかってゆく 距離の 遠近にある 「が」は短く 「は」は長い
タグ:暗澹たる思い
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 09:43| Comment(0)
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