2018年06月02日

上告状兼上告受理申立書の提出


5月26日(土)の白内障の右目の手術の前日(左目手術の翌々日)、東京高裁第17民事部係属であった障害厚生年金支給請求控訴事件の棄却判決を受け取った。平成29年10月17日の身体(左下腿切断)の障害に係る最高裁判例(以下「今回最高裁判例」という)が出されているので結論は分かっていたが、多少の期待はしていたので、「やっぱりか」と、がっかりしたのは事実である。

第一審の東京地裁は、今回最高裁判例を適用しただけでその他のことは何の判断も示さなかったが、さすが東京高裁はそれに比べれば格段と丁寧に説示していた。

東京高裁の裁判長は、運命のいたずらか、著明判例である本村年金訴訟上告審判例(最高裁平成7年11月7日判決)にかかる平成10年3月25日付最高裁判所判例解説の主筆者である川神裕裁判長であった。

同氏が最高裁判所調査官時代に書かれた上記最高裁判所判例解説の上記事件の本件についての関係部分(939頁〜941頁)には、「社会保険関係給付の受給権が実体法上いつどのように発生するかは、その性質から当然に導き出されるものではなく、結局、立法政策により決せられるものである。」旨記され、国民年金法第16条の裁定は確認行為型の立法政策に分類されており、これは当然発生型の立法政策とは異なり、既に発生している権利に変動を及ぼすことができる旨記載されているのである。

相手方は、処分庁である国であり、裁判所も司法権を担う国であるので、判断が割れるような部分では、裁判所が国よりの判断を下すことは仕方ないこととして、三権分立を保障している我が国としては、この忖度も、裁判所が国の味方をしていることが一般国民が見て分からない範囲での事実認定や推論でなければならない。

公正であるべき裁判所が、「黒いものを白」というような強引な判決を下していては、裁判所の権威は落ちる一方で回復の可能はなってしまう。

ところが判決では、「裁定は単なる確認行為にすぎない」と、全く正反対の判断を示している。

このようなおかしなことがあっても民事訴訟法では最高裁への上告は極めて狭き門で、実質的には憲法の解釈の誤りがあること、その他憲法の違反があることを理由とするとき、又は判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること(民事訴訟法第312条)に限られている。他の理由は、通常あり得ないような制度上の違法な事実のあった場合のみであるのである。第一審が地裁から始まる行政訴訟では、実質二審制といっても過言ではない。

そのほか、上告受理申立てもできるが、これも実質的には「その他法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」(民訴法第318条第1項)のみ受理の可能性がある。

過去の実績では受理されているのは、約3%で、そのうちの約2/3は、受理こそされたものの、開廷されていないのが現状である。

しかし、本件については、ほとんどの下級裁判所が今回最高裁判例を適用するだけという現状を考えると、これと事案の異なる精神の障害の事件について受理しないことは大きな問題を残すことになるので、最高裁に良識があればこれは受理されるはずである。

ところが、本件にかかる行政や司法の姿勢を考えた場合楽観はできず、このチャンスを逃すことはできないので、当初は上告受理申立書だけを提出する予定であったが熟慮の結果、上告状兼上告受理申立書を提出することにした。このような重要な書類が1日でも遅れたら大変なことになるので余裕を持って平成30年6月3日付書類を、一昨日書留郵便で投函済みである。

問題は、これから提出するそれぞれの理由書ということになるが、最高裁判所へは、本件では正本1部と副本7部を提出しなければならず、参考資料を含めると膨大な資料を作る必要があるが、そんなことには負けてはおれない。今後約1か月から50日ほどをかけて悔いのない主張を展開する予定である。

上記の民訴法の該当2条文に合致した的確な主張をすることは必須であるが、形式上、相手方は保険者国であるが、実質的な相手方は、正しく国である最高裁である。この点に十分に配慮して、丁寧な主張を心掛けて進める。

本件第一審を担当したお3人の受任弁護士の先生方は勿論、私が親しくしている多くの弁護士の先生も、「今回最高裁判例が出てしまった現在(裁定前でも支分権消滅時効は進行するとする部分)、下級審の裁判官に、これと反対の判決を出させることは無理である」と考えている。

従って、これを司法的に改めさせることは、最高裁大法廷において、別の判断を出していただく以外にはないのである。


追申
私の白内障の手術に関しては、多くの読者の方からご配慮やお励ましのお言葉をいただき感謝しています。

本日、術後1週間以内の3回目の受診を終わり、「異常なし、順調」、「洗顔、シャンプー使用入浴O.K」とのお墨付きをいただいた。

少し前に、「10 m ほど前のセンターラインが、左にカーブして二重に見える」、「利目でない左目の方が明瞭に見えて違和感がある」といった不具合も、本日現在回復しており極めて快適です。

本日で、混雑し、遠方の本院への通院は解放され、来週からは、空いていて、少し近距離の分院への通院の許可が出たので、目の手術の件も、これで一段落である。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 18:37| Comment(0) | 1 障害年金

2018年05月27日

白内障の手術


昨日、右目の白内障の手術をして、本日は術後の検査に出かけ、受診後は近くの豊田中央図書館から面白そうない本(ランズバーグ先生の型破りな知恵 スティーヴン・ランズバーク著 清宮真理訳)を一冊借りてきたところです。左目の手術は先週の24日(木)に終わっていたのですが、右目の手術日が昨日の土曜日であったのでブログのアップ日と重なりブログのアップが予定日にできなかった。

ブログの土曜日アップはほとんど崩したことがなく、今回も予定日でのアップを試みたのですが、両方の目が近くの文字がボケてしまい、とてもパソコンを扱える状態ではありませんでした。友達の眼鏡屋さんは、2〜3か月して目の状態が落ち着いてから作ればよいとのんびりしており、私は、近くのボケの程度が分からなかったので、適当なレンズも用意しておらず、失礼をいたしました。遠くがはっきり見えなくて、何十年という間、不満だらけであったのですが、近くが見えるということがこんなに幸せなことであったことに全く気が付きませんでした。

白内障の手術には前々から興味があり、身近な関係者や、周りの人たちの様子を見たり、話を聴いたりしていたのですが、近くの眼科医の受診を受けそろそろ潮時と手術の決断をしました。

白内障の手術自体は、10分もかからないくらいで終わってしまうのですが、ウイークポイントを強引に引っ張られている感じで、気持ちの良いものではありませんでした。事前の検査や事後のフォローが重要で時間も要します。私の行った手術は、水晶体嚢の前部を2 mm ほど切り取り、中の水晶体実質を超音波で砕き吸い取って残した袋状の水晶体嚢の中に人工のレンズを挿入する方法です。

経験者や既に色々な手術を受けている方からみれば、手術といえるような手術ではないかもしれませんが、それでも全国平均3000件に1件くらいの確率で失明に近い状態になってしまうことがあるそうです。従って、実施する医療機関については慎重に検討したのですが、苦しい時の神頼みで、結果の良否は神に祈るのみでした。術後激しい運動は1か月ほど控えるよう指導されていますし、経験者によると脳に近いところだから大事を取った方が良い旨のアドバイスもありました。

私は長年近視であったので、ゴルフもメガネをかけてプレイしていたのですが、これからは眼鏡なしでプレイできることに大きな期待をかけています。仕事や読書・新聞の通読には度の合った老眼鏡を調達し、仕事場とリビングに各々一つずつ置き対処する予定です。外出時に必要な時はリビングのものを持ち出せば足りるので、これからはメガネを探すこともなくなるものと期待している。私はネクタイとメガネが嫌いでその面ではサラリーマンには向いていなかったのですが、これからはほとんどの場面でメガネが不要となり、便利で快適な生活が送れるものと思っている。

より説得力のある上告理由書及び上告受理申立理由書の作成にも貢献してくれるものと、施術のタイミングの良さにも満足している。
タグ:白内障
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 17:57| Comment(0) | 15 健康

2018年05月19日

異議申立て却下に対する国家賠償法に基づく提訴について


今週の16日(水)の午後、約一時間半にわたって、受任弁護士(以下「E弁護士」という)、原告本人、そのご実父と私の4人で、E弁護士の作成した上記訴状の素案について、基本方針と具体的な進め方について打ち合わせを実施した。勿論、20件余の却下事件についての第1号案件である。

この訴訟に勝つためには、異議申立ての却下が違法であることと、本題の消滅時効の完成の成否の問題について、原告勝訴の可能性があることが必要である。実は、この日の打ち合わせまでは、E弁護士自身が提訴の正当性について確信が持てていなかったようである。この素案が出されてから、ご実父を含めて2〜3回は面談しているのだが、具体的な進展はほとんどなかったのである。

E弁護士が確信が持てなかったのは、本題について国の法律的解釈に誤りがあるのかどうか、及び誤りがあるとした場合これを裁判所に分かるように証明するには具体的にどうすべきかであったものと思われる。今年の4月11日の名古屋高裁の判決文を読まれて、躊躇が確信に変わったものと思われる。一転、具体的な進め方について、私が予期しないほど、積極的になられたのである。

上記の判決文では「2 控訴理由に対する判断」において、以下のように説示する。
「控訴人は、精神疾患への罹患を認識すること及びそれが障害年金の受給要件に該当することを自ら認識することが困難な精神障害者にとって、自主的に裁定請求を行うことを期待することは困難である場合が多いから、控訴人には権利行使の現実的期待可能性がなくこれが法律上の障害に当たると主張する。
 この点、民法166条の「権利を行使することができる時」の解釈においては、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要とすると解するのが相当であるところ(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁参照)平成19年改正後の国民年金法においても、支分権の時効については従前どおり会計法及び民法166条の規定を適用する余地はあるから、控訴人の病状が上記主張の程度に至っていたと認められる場合は、消滅時効は進行しないと解すべきである
 そこで、支分権に関する時効が完成し始める前の控訴人の病状について検討するに、まず平成25年以前については、前記認定のどおり、平成24年及び平成25年の両年ともに3、4か月間は控訴人の心身とも落ち着いた状態が続いており、少なくともこの間は控訴人の病状が上記の程度に至っていたとは認め難い。
 次に、本件不支給部分の時効期間が満了し始めた平成26年2月頃から平成27年2月頃の控訴人の病状を検討すると、前期認定事実1(3)記載の診療録によれば、うつ状態とは認められるものの、「昨日は調子がよく、仕事を延長したという。」(同年4月3日)との記載や、医師が「精神科病状自体は改善傾向」(平成26年10月15日、同年11月12日)と指摘していることが認められる。また、控訴人は、自らの判断で精神科に定期的に通院し、自己の精神疾患を認識した上で、仕事も行いつつ生活していた上、平成28年には保佐開始の審判を受けているのであるから、それ以前においても一定の判断能力は有していたものと認められる。そうすると、平成26年2月ないし平成27年2月当時、控訴人の病状の程度が、継続して裁定請求すらできない状態にあったとは認められない。したがって、控訴人は、裁定請求することにより、国民年金法の定めるところの内容に従った裁定を受けて、障害年金の支給を受けることが現実に期待できる状態になったと認められるから、控訴人の上記主張は、前提となる事実に誤りがあるというべきであって、採用できない。」

と、控訴人本人の状態を客観的に認定した上で請求を棄却したのである。

異議申立て却下の違法については、既に本ブログで公開したように、当該行政庁の違法は明らかであり、本題の支分権消滅時効の問題は、少なくとも裁判になればその請求が容認される可能性があることは上記判決により明らかとなった。

行政庁の面倒な厄介事は、入り口の段階から拒もうとする意図は明らかであり、これを放置しておくことはできない。

行審法は以下のように定める。(改正前後で多少の表現の違いはあるが、趣旨は変わっていない)

「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申し立てのみちを開くことによって、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。

厚労大臣への異議申立ての却下は、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済を図ること、及び行政の適正な運営を確保することを妨害するものであり、これは、いかなる手段を用いても許してはならないのである。

国家賠償の場合、公務員の違法については、国に当該違法行為者に対する求償権が求められているので、場合によっては、その点を含め強く追及していきたい。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 09:27| Comment(0) | 1 障害年金