2019年09月14日

同業者を仲間にしよう


先週の土曜日は、短いブログを書き上げて、3県合同の特定社労士の能力担保研修に出掛けた。今週はその研修の第3回目である最終日であるので同じパターンである。

先週の話である。メイン会場は、いつもながら、3人掛けのテーブルが横に3つ、縦には20前後並べられている。5分ほど前に到着した私は、向かって右側の前から3つ目の席の空いていた真ん中の席に入れていただいた。

偶然だが、左側の席の若い女性から声を掛けられた。その方T.K様は、特定社労士研修の打ち上げで、私の席の近くにみえたようで、当時名刺交換をしていることが分かった。お名前を憶えていたわけではないが、お聞きして、スマホの名刺管理ソフト エイトを検索してみると、私が「20121117(土)」と加筆した画像がでてきたのである。

名古屋からは少し遠いが、豊橋のK事務所に勤めているといわれる。この事務所のボスM.K様は、同じく3県合同の研修である「法的措置能力養成講座」の受講生仲間として知り合い、考え方が似ているところもあり仲良くなった方である。

この講座は、私が社労士になる前年から始まっており、私は2年目と、最後となる3年目に参加したのである。

そんなこともあり、私は、M.K先生に消滅時効問題についてメールを送ったこともあり、お隣のT.K様は、当時からこの事務所に勤めておみえで、そのメールを読んだことがあるといわれる。それでは、私のことを忘れるわけがない。私は、名前は勿論、名刺交換したことも思えていないのである。その反省もあり、本日のテーマである。

M.K先生との名刺交換が、「2012(H24)1012(金)眺座」と追記されているので、たぶん、講師を交えての懇親会で話が弾んだものと思われる。


先週の講座終了後、2階から階段を下っているときに、S.H様といわれる私より10歳以上若いと思われる男性の先生から声をかけられた。「私も、消滅時効問題には興味がありますから、fbで友だち申請させていただいた」といわれる。

社労士の先生からの友達申請は、ほとんど承認のサインを送っているが、丁度その時ごたごたしており、一言も言葉を掛けなかったかもしれない。失礼の段お許し願いたい。

障害年金支分権消滅時効問題は、本当に大事なことで、国がいう理由では、支分権の消滅時効が完成するわけがないのである。

無制限支給には、色々な考え方があり、何がベストかについては、意見が分かれるところではあるが、無制限支給の是非の問題は、消滅時効の問題ではなく、遡及分に関する支給期間の問題なのである。

このような重大な問題について、改善の糸口を見付けられるのは、社労士しかいないのである。
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2017年04月29日

第60回東海メールクワイアー定期演奏会


もう1ヵ月も前のことになるが、3月26日(日)に、何十年ぶりかの東海メールの演奏会を鑑賞した。私がNTTに就職した最初の職場が、名古屋東電話局で、テレビ塔のすぐ足元にあったので、最寄りの文化会館やNHKホールには度々足を運んでいた。

この合唱団は、有名で、歴史も実力も備わった男声合唱団(choir.jpn.ph)である。メンバーにはお年を召したり若返りがあったものと思われるが歌声は素晴らしいものがあった。今回は、全てエストニアの合唱曲で、全て原語で歌われたので、私には何か力強さが感じられ労働歌の雰囲気があった。いわゆる音楽の美しいハーモニーとは少し異なる感じがした。

度々あることだが、私たち夫婦が音楽愛好家であることを承知している叔父が、チケットを送ってくれたので急遽鑑賞を決めたのだが、出かけて良かったと思っている。少し早めに行ったのだが、既に大会場の1、2階席はほぼ満席で、全席自由席であったので、3階席に案内された。この合唱団は、相変わらずの人気である。

45年ほど前には、私の家の近くの方がマネージャーのような役割を果たしてみえたような記憶だが、今回のプログラムを拝見したところ、その方が会長になっておられた。当時CBC(中部日本放送)のプロデュサーであられた記憶であるが、奥様も声楽愛好家で、地元豊田市の女性合唱団や、少年少女合唱団等の指導をなさっていた。

当時私も、豊田混声合唱団に属し、発起人の一人である団長から、団長を引き受けてくれと依頼され、新米団長であったので、夫婦でこの熱心な指導者宅を訪ね、合唱団の運営等について、色々なお話をお聞きしたことがある。当時、我が合唱団は、老若男女約60名の団員が在籍し、定演には40名ほどが舞台に上がっていたので、様々な職業の様々な立場のお方と交友が持て、今でもお付き合いが続いている方たちもみえる。

私は、この合唱団には10年ほど在籍したが、様々な職業の方がおり、男性も女性もいたことにより色々な勉強をさせていただいた。

少し変わった職業の方では、神父さんがお一人おみえになった。教師、保母(現在の保育士)、サラリーマン(ウーマン)が多かったが、大工さんや指物師もみえた。特に職業を持たない主婦、学生もいたので賑やかであった。

色々な行事も行ったが、一番大事なのは、定期練習に多くの団員が参加してくれることだと考えて、組織や規約を整備したが、そのことにより事態が好転するほど現実は甘くなかった。大事なのは、自然に、自主的に集まれる雰囲気なのである。

つい先日は、その旧友のお一人から電話があり、6月18日(日)は空いているかという。偶然、私の誕生日であったが、空いていたので、その旨告げたところ、第13回刈谷音楽祭への案内を受けた。

この友人は、現在も合唱と社交ダンスをしており、ご夫婦共に合唱は現役である。しかも、以来、ほとんど休みなく合唱団の活動を続けており、毎年、刈谷混声合唱団の定期演奏会には案内状が届く。

今回案内を受けた演目は、「日本の心&オペラの楽しさを歌声にのせて」というものであるが、私の趣味趣向にはこちらの方が合っているように感じられる。

折角の誕生日だから、夫婦で出かけて行って、帰りには、何か美味いものでも食してこよう。こんな気持ちになれたのも、私のライフワークについて、信頼できる力強いパートナーができたからに相違ない。

明日は、連休最初の日曜日であるが、そのパートナーとの最初の共同受任者に係る被告第1準備書面に対する対策会議で六本木に出向く。私なりの資料は用意してあるが、諸先生からどんなご意見が出るのか楽しみにしている。
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2017年03月25日

瀬戸会分派


一昨日、瀬戸電報電話局電話運用係長時代の前任者T.S様から電話があった。珍しいことにゴルフの誘いである。私は5月中旬頃までは忙しいので5月下旬なら参加できる旨返事をしたところ、未だ、私が参加しても3名だとのことだが、この話を進めたいと言われる。

今一人のメンバーは2〜3年に1回程度開催している瀬戸会のメンバーで T.Kさんだと言う。前回の瀬戸会の折にゴルフの話が出たようである。できれば4名でプレーしたいとの話は即座に一致したが、先ずはゴルフ場の選定である。 近くて余り高くないところということで探すことになった。

私が一番近いゴルフ場は貞宝カントリーである。強い希望があった訳ではないがT.S様もそこで良いという。次はもう一人のメンバー探しだが、瀬戸会の常連では年齢のこともあり現役プレイヤーがほとんどいない。T.Kさんが女性であったので、瀬戸会メンバーでなくても良いのでT.Kさんに女性を連れてきてもらったらどうかとの提案をしたところ、その(案)で進めることになり、本人に打診してくれた。

しばらくして電話運用関係では参加できる人が見付からないとの連絡を受けた。誰か適当な人はいないかとの相談を受けたがやはり常連メンバーでは見当たらない。今まで瀬戸会には参加していないが、今後、誘っても良いのではないかとの候補に挙がっていた一人にY.M様がいる。この方は私の後任でありT.S様とは、業務上直接関係はなかったのだが、勿論、知らない人ではない。

その(案)で打診してみようとはなったが、話を持ち掛けるにも、電話番号も分からないという。瀬戸会の女性側の幹事役を務めてくれている地元出身のN.Mさんが知っているのではないかと話したところ、それ以後は全てT.S様が調整をしてくださり4名でプレイができることになった。

無事メンバーが決まってみると、オールNTTでも前例のないようなメンバー構成になっていた。T.S様は、私の前任者、 Y.M様は私の後任者である。同じ職位の連続三代の者が、約40年後に、同組でゴルフのプレーをすることなど一度も聞いたことがない。しかも、T.Kさんは、私が着任した時には、既に旭営業所に転出していたが、全員が電話運用課のO.B・O.Gで揃ったのである。

これも、いつもながらこまめに幹事役を務めてくださっているT.S様がいて成り立ったことで、ご足労に感謝している。この方は国家公務員でいえば上級職採用の方で御実父も、旧国鉄の幹部であったほどの、いわゆる家柄の良い方で、上級職採用でありながら極めて人柄の良い方である。何事にも、いつも労を惜しまず動いてくださる。

当時を思い起こせば、T.S様の行っていた施策で「ありがとうございます運動」というものがあった。電話運用は、少し前まではDSAと言って、市外通話の接続によって収入を得る最前線の現場であったが、電話交換の自動化が進み、電話交換業務の過渡期になっており、私が転出する頃には、これをスムーズに遂行することは、労使共通の重要課題になっていた。

こんな中、私は前任者が頑張った功績を形に残そうと、この「ありがとうございます運動」を業務研究という業界雑誌に投稿した。結果は佳作で、全文紹介はなく、テーマと投稿者の所属氏名等のみの掲載であったが、そのことはT.S様もご存知である。私がなぜこれを投稿する気になったかというと、青木雨彦というコラムニストがいて、偶然、瀬戸に立ち寄った時に104に電話をしたそうである。その時に応対した電話交換手の態度が非常に気持ち良く、しかも終わってから「ありがとうございます」と言われたと著書に書かれたのである。

青木さんに言わせると、「私は困っており、電話をかけたい方の電話番号を教えていただいただけで、これに対して何の料金を払っていない」というのである。今でこそ電話番号案内は有料で、結構高い料金設定であるが、当時は無料であった。

この運動の基本的な考え方は、無料といえども、かけたい先をお聞きになる方は、次にほとんどの方が有料である電話をされる訳で、先を見越したこれらの一連の行為及びその人に対して、「ありがとうございます」と感謝しているのである。

瀬戸の電話交換手が皆が皆このような感動を与える応対ができる訳ではない。勿論、応対者は分かっているのだが、異常に機転の利いた頭のいい 交換手であったのだ。運も良かったのだが、この一言がNTT (当時は電電公社)を代表する行為になってしまうのだから、顔の見えない電話の応対というものは怖いものである。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 15:40| Comment(0) | 12 交友