2019年01月19日

恒例行事となった確定申告 全く進歩なし


電子申告を初めて既に多くの歳月が流れているが、毎年1回だけしかこのソフトに触らないので、思い出しながらの作業となりストレスを感じる。少なくとも、毎年欠かさずやっているのに快適に済ませた記憶がない。

大小様々なレシート等を日付け順に区分して、貯めておいた物に一連番号を付けるだけでも数時間を要する。

これをパソコンで投入し、決算書や申告書類にするまでは、途中で不具合等があってもソフト会社に電話をすれば、時間はかかっても解決は保障されている。家計費分計などは、ソフトのお陰であっという間に済んでしまう。

いつも上手くいかないのが、このデータをe-Taxで税務署に送る作業である。単純なはずのこれが上手くいかないのであるから不思議である。時々パソコンを変えることもあったり、認証の方法が変わっていたり、読み取り端末が変わっていたりするのであるから、この時しか縁のない者にとっては厄介である。

そして、上手くいかなかった場合の問い合わせ先も1カ所では済まなくて、次の問い合わせ先を案内されるのだから、毎年、これで期限までに完了するのかと不安になる。

こんなことなら、税務署まで作った書類を持参した方が便利かとも考えるが、分厚くなった領収証等を提出するのも嫌な面がある。中には、しばらく、保管しておきたい領収証等もあるが、これをコピーするのも無駄な作業で気が進まない。

今年は、昨年と同じパソコンで作業を始めたので、送信面の余分なトラブルは発生しないはずであるが、切羽詰まってイライラするのが嫌だから、今年は早めに準備を始めた。

残念ながら、この道のスキルのない私は、トラブルのないのを神に祈る道しか残されていない。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 14:54| Comment(0) | 11 所感

2019年01月05日

あるリケジョ弁護士のことば 「小学生に説明するように」


昨年のこと、愛知県会での社労士法改正に伴う補佐人シンポジウム開催後の関係者有志による懇親会の席上、基調講演をお願いした弁護士の先生から上記のような言葉があった。

話の内容は、裁判官の主張の内容の理解度に関する話である。主張内容を普通に記述しても中々担当裁判官には通じない。小学生に説明するように丁寧に主張する必要がある。裁判官は、その程度だと思わないと後悔を残すことになるとおっしゃる。

特に、裁判官に万能や正義を期待しても、期待を裏切られるだけで、訴訟進行上害になるとのお考えである。

私のやっている裁判は、ほとんどが行政訴訟であるので、なお更その傾向は強く、リケジョ弁護士のお言葉に変に納得してしまった。

例えば、障害年金支分権消滅時効問題については、老齢年金と障害年金の違いを認めたのは、優に20件を超える今までの類似事件につき、福岡高裁ただ一つである。

勿論、日本年金機構発行の分かり易い資料等を引用し、その説明をしているのであるが、通じない。省令である施行規則には、給付の種類ごとに「裁定の請求」に係る細かい規定があり、これを確認するだけでもその違いは明らかであるが、両者の違いを認めようとしない。

私は、これは、本件については、裁判官が政治的判断をしており、法律的解釈をしていないからだと決めつけていたが、年を越すに当たって、色々反省する中で、今年は、リケジョ弁護士のおっしゃった言葉を我慢強く、実行してみようと決意したのである。

本日は、新年のご挨拶代わりの決意表明で失礼させていただく。本年も宜しくお願い申し上げます。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 16:02| Comment(0) | 11 所感

2018年10月27日

車中でピアノの打鍵練習ができる時代!!


昨日、豊橋まで滅多に乗らない名鉄電車に乗った。NTT退職者交流会の豊橋会場に出向いたのであるが、名古屋会場の3倍以上の距離があり、電車の最寄り駅が約4qといった田舎に住んでいるので、本宿まで車で行き、そこから国府、伊奈、豊橋と急行に乗ったのである。

その3区間での帰路のことであるが、対面のベンチシートの若い女性が、スマホを膝に乗せ、何かを打っているのであるが、両手を使って、同時に2〜3本の指をお使いである。

文章の入力にしては、動きが不自然であったので、不思議に思い画面を見てみると何とピアノの鍵盤が見えるのである。

空き空きの電車であるので、今の時代は、電車の中がピアノのレッスン場に変わるのである。イアホーンを付けてみえたことからすると自分の打った音も忠実に本物のピアノの音として確認できるソフトを使っているように推測できる。

私の妻は、教育大学のピアノ科を卒業し、長年音楽の講師やピアノ教室の指導員をしてきた者であるが、そのような練習方法をしたことがないことは勿論、そんな練習方法があること自体知らなかったものと思われる。ところが、ピアノのレッスンには余り情熱のなかった現在同居中の次女は、既にこれを知っているのだから、時代の移り変わりは恐ろしい。

スマホには多彩な機能が満載で、私たちはほんの何十分の一か、何百分の一かを利用しているのみあるが、時代遅れの私は、この機能には率直に驚きを感じた。

移動体通信については、出始めの頃は、大きな機器をショルダーで背負うような形態電話があったが、固定電話が常識であった当時は、それでも便利な時代になったものだとの実感であった。

勿論、未来の構想については、色々語られていたが、私が昨日体験した利用方法など予測を越えていた事柄となる。

はるかに想定外のことが現実になっているのであるが、一方、私がおかしいと思っている、司法の判断については、今のところ、下級裁判所においてではあるが、旧態依然の納得性にない判断が繰り返されており、判決理由についても矛盾だらけであるのだから残念でならない。

しかも、年金法により、受給権保護規定まである最も重要な権利について、違反者が国であることを考えると、科学の進歩との落差の大きさを感じないわけにはいかない。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 17:54| Comment(0) | 11 所感