2020年01月04日

明らかに間違っている下級審裁判所の判断


勿論、障害年金支分権消滅時効の誤った運用を追及する裁判でのことであるが、会計法の適用と条文の解釈及び年金時効特例法の趣旨との整合性について、しばしば誤った判決理由を述べている裁判所が散見される。

全部の下級審判決ではない点に多少の救いはあるが、本来は、このような初歩的な自明の理ともいうべき事項に対して、誤った判断をしている裁判官がいること自体大問題(この全部が、3人の裁判官による合議制の裁判)である。根本、基本の部分からして間違った方向に進んでいるのである。

瀬木比呂志先生の「ニッポンの裁判」を引用するまでもなく、ほとんどの行政訴訟において、約9割は、真面に判決を下せないといわれている世界である。

hi-szk 氏は、12/08 13:35 の12/07「単純明快にすべき障害年金に係る行政の運用」へのコメントで、「これらの法令又は通達のどこに法令の逸脱があるかを指摘しないと、問題の解決にはなかなか至らないのではないのでしょうか。」 と述べていますが、そのような単純な問題ではないのです。

このコメントによると、今まで我が国における一流中の一流の弁護士がそれをしなかったかのような表現であり、私を含めそれをやっていなかったかの指摘であるので、これに対するコメントさえする気になれなかった投稿である。読者も私も迷惑を被っているのですが、それを認識していただきたい。かつての投稿禁止の経緯と現在の寛容な措置をどのように考えているのでしょうか。私には、理解できない。

この裁判においては、今までは、理屈にもならない屁理屈で裁判所が執行権を濫用していたのである。それを崩すには、平成29年10月17日最高裁(44号)判決を間違っていたと証明する必要があり、そのためには、この推論の出発点である民法第166条1項の「権利を行使することができる時」の解釈が間違っていたことを主張し、従来、隠された問題となっていた、国の時効援用権の放棄との問題を表に出し、かつ、この問題の本質は、時効の問題ではなく、遡及請求が認められた場合の、あるべき「支給期間の問題」であることを訴えていく必要があるのです。

以下に、愚かな裁判官が判決理由とした上記で述べた2つの事項に対する反論を抜粋したので、吟味していただきたい。30頁を越える準備書面をここで公表するのは適切でないので、代表例として考察していただければ幸甚である。

被告国は、現在係争中の金沢地裁のK.F氏の事件でさえ、未だこのような誤った主張を続けているのである。


準備書面(4) 草案

第● 被告の主張に対する反論
1 被告第3準備書面「第3の2(4) 会計法31条1項の規定は、時効利益の援用を要しないこと」に対する反論について

 被告は、「会計法31条1項は、同消滅時効については時効利益の援用を要しないと規定している。」(被告第3準備書面11頁下から12行目〜同頁下から10行目)、及び「基本権の裁定を受けていないことは、支分権の消滅時効の進行を妨げず、年金時効特例法の趣旨とも合致するものである。」(同上11頁下から7行目〜同頁下から5行目)と主張する。
 しかし、この両主張は、いずれも法律の解釈を誤ったものであるので以下で詳述する。
 会計法第31条の時効の援用を要せずの問題は、そもそも、援用は、時効が完成してから初めて問題になる事柄であって、本件のように、時効が完成していない事案又は時効消滅自体を争っている事件について、この規定は全く関係しない。被告の主張は、見当違いの反論で、全く意味をなさないものである。
 年金法も会計法も、権利行使できない年金について、時効を進行させる趣旨は全くない。
 既に時効消滅している債権については、被告の主張するとおりである。しかし、本件では、裁定前には、各々独立した権利である支分権に対する権利不行使自体が存在しない。また、基本権に対する権利不行使を支分権に対する権利不行使とみなす論理も、民法第166条1項の解釈誤りが明らかになったことにより推論に飛躍があることが明確になり崩壊したので、本件支分権は、未だ時効消滅していない。

 被告は、年金時効特例法を持ち出し、この法律が、「裁定前であっても支分権の消滅時効が進行することを当然の前提としている」として、「法2条が設けられた趣旨とも合致する」と主張したいようである。
 これについては、本件とは直接関係しないことであるので、本来は、説明・反論は要しない部分であるが、しばしば下級裁判所においてもこの主張を認めている場合があるので、敢えてその見解が誤りであることを説明する。
 時効特例法は、単なる請求漏れには全く適用されない。同法は、新たに発見された記録について、当然に消滅時効の完成がなかったものとするのではなく、いわゆる年金記録の訂正がされ、かつ、それに基づく裁定(裁定の訂正を含む)がされた場合に初めて支給がされるというものである。
 詰まり、訂正された記録に基づく裁定があった時から、訂正された部分についての消滅時効が進行する、というものである。
 いわゆる記録訂正によって救済されるケースは、そもそも(訂正される前)の支分権発生時(裁定請求時)には年金記録として認識されておらず、裁定請求の対象になっていなかった部分が、後日、年金第三者委員会の判断等を経て、記録ありと判断されたケースである。
 従って、当該訂正記録部分は、それまでは裁定請求が行われていなかったものであり、当該部分に関する支分権は発生していなかったことを意味するのであるから、「裁定前であっても支分権の消滅時効が進行することを当然の前提として」いるわけではない。
 訂正後の支分権が発生するのは、記録を訂正し、再裁定を行った時点である。再裁定の時に支分権が発生するのであるから、訂正前の裁定に基づく時効には関わりなく、再裁定時に、訂正後の記録に基づく過去の分が遡って全額支給される、という扱いであり、これは、原告が主張している内容と一致する。
 ここまで検証しない裁判所がままあり、会計法の援用の規定の誤解釈同様、しばしば、被告の主張が認められてきたが、慎重な裁判官は、このような意味のない被告の主張を採用していない。
以上

posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 11:35| Comment(0) | 1 障害年金

2019年12月07日

単純明快にすべき障害年金に係る行政の運用


先週の記事内容について、あるお客様から、次のようなコメントをいただいた。

「いつもお世話になっています。

障害者の障害等級は、誰かが認定しなければ決まらないと思いますが、行政行為が事実行為だとすると、障害等級を認定するのは、行政ではありませんよと言っていることになるのでしょうか?だとすると、いったい誰が障害等級を認定するのでしょうか?ここらへんで、行政の言っていることはおかしいと思います。

間違えていたら、すいません。」

通常に考えれば、おっしゃるとおりの疑問が生じます。素直な疑問で、その疑問が生じるのは国の推論におかしな点があるからだと私は考えます。だからこそ、私は、同じように考えれば、年金事務所の職員が説明もできない理屈は間違っていると断言したのです。

障害年金の認定は、裁定という行政処分で行われており、現在は厚生労働大臣(以前は、社会保険庁長官)が行っています。

国の説明では、これは単なる確認行為で、裁量権はないとしています。私は、裁量権のないのは、老齢年金だけで、障害年金には裁量権があると主張していますが、今のところ、裁判所までが裁量権はないとしています。

障害認定基準には、幾重にも、「総合判断」があり、厚労省の公表資料でも、著しい地域格差が認められ、3年間の平均不支給率が12.5%もあったのですから、裁定に裁量権のあることは明白です。

なぜ、こんな不合理な運用になってしまったかを考えると、平成7年11月7日の本村年金訴訟上告審判例にその旨の表現があるからです。しかし、それは、通算老齢年金について書かれた部分であり、障害年金とは事情が異なるのですが、裁定に係る規定が同じであるので、頭の固い裁判官は、異なる理由は見い出せないと判断してしまうのです。

規定に根拠を見付けるのであれば、裁定に係る規定ではなく、支給要件に係る規定の違い(国年法26条VS30条)を確認すべきなのですが、これが、高裁で「裁定には裁量権はない」と判断されてしまうと、実質的には、これを覆すことは不可能に近いのです。我が国では三審制を採っていますが、民事訴訟では実質二審制と言っても過言ではない現状なのです。

この事件で、私が問題にしている年金決定通知書への時効消滅した旨の「付記」ですが、仮に、国が主張するように、裁定と切り離して行われた場合でも、担当した国家公務員は法に従った行為しかできないので取扱要領等に基づき行っていることとなります。

その取扱要領は、厚生労働大臣の意思そのものであるので、この行為が行政処分でないなどと言ったことは法律的解釈としてはあり得ないことです。

従って、これらの行為は、不服申立ての困難な障害者に対して国が行う姿勢とは言い難く、一人でも多くの職員が、改善の必要性を感じてほしいところなのです。


本日は、社労士の日(12月2日)の記念事業として行われている無料相談会に出掛ける。愛知県社労士会では、先週と今週の土日で、各支部2〜3カ所で行われているが、成年後見については、2年前から(今年で3回目)各支部1カ所に限定して実施している。

私の所属する三河中支部については、他の会員に任せて、私は今年も三河西支部(刈谷市アピタ会場)の応援である。時間に余裕があれば、現場の様子をfbに投稿させていただく。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 00:37| Comment(1) | 1 障害年金

2019年11月30日

裁判における争点のずれ


私は、障害年金支分権消滅時効の問題について、本題(支分権の時効の起算日及び弁済期の法解釈誤り)と入口論(本題に対する異議申立ての却下の違法)について、国と争っており、昨日は、後者の第3回期日であった。

3回目になっても、争点そのものの認識がずれており、原告、被告及び裁判官の3者で肝心の争点が合致していないのである。

昨日は、民事訴訟にしては珍しく、その点について、少し話し合いの時間が持て(通常、提出書類の確認とそれぞれに対する陳述、及び次回期日の選定で終ってしまうことが多い。しかし、時折例外もある。金沢地裁のK.F様の事件では、次回期日は、進行協議期日である。)、その意味では有意義であった。しかし、一番大事な争点について、未だこのような状態であることに不安を覚えた。

被告だけであれば、わざとずらしていると考えられなくもないが、裁判官までが、本題に関する消滅時効の成否の有無が、本訴えに関係していると思われるような確認のための発言があったのである。

この裁判では、国家賠償法に基づく損害賠償の形式を採っていて、その損害の原因は、国家公務員の違法(本来受理すべき厚生労働大臣に対する異議申立書を違法に却下したこと)にあるとする訴えである。

そこで争点となっているのが、遡及5年を越える年金について、年金決定通知書に付記された裁定の内容である時効消滅している旨の記載の行為である。

原告は、社会保険審査会の見解に基づき、その付記は、裁定の一貫としてなされたもので、行政処分性があると主張しているのであるが、被告は、時効消滅は単なる事実行為だから行政処分性がないと主張しているのである。

時効消滅自体を裁定とは切り離して単独で捉えれば、事実行為であることに相違ない。しかし、原告が訴えていることは、裁定と同時一体不可分のものとして唯一の例外もなく行われている「付記の行為」に対する違法である。

詰まり、この付記の行為には、行政処分としての厚生労働大臣の意思が含まれており、行政処分性のある事実行為であるので、行服法の対象となることは明らかであるのだが、その争点そのものに対する認識でさえ、3者間で合致していなかったのである。

しかも、社会保険審査会は同じ問題を受理しており、関係事項については、文献を引用して十分に説明しているにも拘らずである。

障害年金支分権消滅時効の問題は複雑であるので、訴状の中では、本題との関係について分かり易く説明しているのであるが、裁判官でさえ、本題の消滅時効の成否が本訴と関係していると思っていたようであるから不安は消えない。

本題については、色々な事情があり、色々な考え方があるので、本訴とは全く関係せず、本訴はあくまで、入口論について違法な却下を問題にしている旨を明確にできた点では、昨日の期日は有効であったと評価できる。

次元の低い話ではあるが、私が関係した多くの行政訴訟に関する裁判をその観点から見てみると、肝心な争点がすれ違ったまま、原告敗訴の判決が出されている事件が思い返される。こんなことはあってはならないことと思うのだが、元裁判官であった弁護士の先生にお聞きすると、現実には、誤った判決はいくらでもあるようである。これが本件に関する裁判の実態である。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 17:18| Comment(1) | 1 障害年金