第2 判決理由の前提事実さえ誤認している原審の違法について
1 原審が判決理由の前提事実とした違法部分について
原審は、推論の前提を誤っているので、当然にその結果である判決を誤った。
原審は、誤った前提を、「当事者間に争いがないか当裁判所に顕著な事実である。」(判決書2頁)として、これが正しいことを前提として推論を進めたので、誤った判決が導き出されたのである。
先ずは、2点ある前提事実の誤り部分を挙げる。
1つ目の誤りカ所
「支分権は、基本権たる年金受給権に基づき、基本権の発生日の属する月の翌月から発生する。」(下線は引用者、判決書4頁下から8行目〜同下から7行目)
2つ目の誤りカ所
「同法31条1項後段により、その消滅時効については時効の援用を要せず、また、時効の利益を放棄することもできず、時効消滅の効果は絶対的に生じるものとされていた。」(下線は引用者、判決書5頁4行目〜同7行目)
2 上記が誤っている理由
次に、この前提の誤りの理由を明らかにする。
1つ目の誤りカ所について
支分権は、基本権の発生により当然に発生するものではなく、被告の主張によっても、一定の支払期月の到来によって発生(「有効になる」とした方が正確かもしれない、被告の表現では、「一定の支払期限の到来によって具体化し、成立するものである」(判決7頁8行目))するものである。
ただし、一定の支払期月については、有力な文献等においても、双方に隔たりがある。原告は、例えば、国年法でいえば、第18条3項ただし書と考えているが、被告は、原則的な各支払期月と考えている。
いずれにしても、一定の支払期が到来しないと支分権は行使できない。これは本題に係る問題となってしまうが、被告は、基本権に対する権利不行使(裁定請求遅れ)を支分権に対する権利不行使とみなすため民法第166条1項の「権利を行使することができる時」の解釈を「債権成立の時」としている。被告のこの推論の出発点となる同法同条の解釈が、誤っていたのであるから、この解釈誤りにより、被告の裁定前に支分権の消滅時効が完成する旨の主張は崩壊した。
同じことに対して、異なる視点から考察する。
障害年金の裁定請求では、受給権者が初診日を証する書類の提出義務がある。この書類を提出しても、その書類が証する年月日が初診日となるとは限らない。相当因果関係のある病名等で、その前に医師の診断を受けておれば初診日は、前へ前へと移動(甲第33号証)させられる。この判断は微妙で、初診日の決定権は被告にある。
従って、裁定前には初診日が決っていないので、一定の支払期月も決まっておらず、裁定前に障害年金の支分権消滅時効が完成することはない。
2つ目の誤りカ所について
時効の援用は、どんな場合であっても、消滅時効が完成して初めて問題になる事柄であり、未だ時効消滅していない本件異議申立て事件、又は、時効消滅していないと主張している「本件異議申立て」については、「援用を要せず」の規定は、全く関係しない。
従って、本件支分権は、会計法が適用されるからといって、順次自動的に消滅し、その効果が絶対的に生じることは絶対にあり得ない。
原審のいっていることは、既に時効消滅している事案についていえることであり、原審は、本件事案を正解していない。
3 論理法則にも経験則にも反する原審の判断
原審は、本件異議申立て事件が、平成19年7月6日以前に基本権が発生した事案であるので、本件支分権の消滅時効については、改正後の国年法は適用されず、会計法が適用されるから、本件支分権の消滅時効の効果は、既述の前提条件により「上記消滅時効期間の経過という事実のみによって法律上当然に生ずるものであって、本件異議申立人の受給権(支分権)の消滅につき、「行政庁の処分」(求行審法6条)を観念する余地はないというべきである。」と判示し、従って、本件付記は、「単に本件異議申立人の平成20年9月以前の年金に係る受給権(支分権)が時効消滅したという行政庁としての認識を本件異議申立人に告知したものにすぎないと認めるのが相当である。」(同書10頁下から12行目〜同頁下から10行目)と誤った判決を下した。
上記のとおり、時効の援用は、時効が完成してから初めて問題になる事柄である。本件では、未だ消滅時効が完成していない事案又は時効の完成の成否自体を争っている事案であるので、会計法第31条の「援用を要せず」の規定は全く関係しない。原審の解釈は、論理法則にも経験則にも反し、基本からして誤っている。
「本題」については、原告は、そもそも、支分権の消滅時効はスタートさえしていないと主張しているところ、原審は、その判断を示さないどころか、スタートしていることを前提として諸々判示している。
仮に、原審のいうように、会計法31条後段が適用される場合に時効消滅の効果は絶対的に生じる(下線は引用者、)とすれば、類似事件について、1件なりとも時効の完成が認められなかった判決はあり得ないこととなるが、現実には、多くの事件について、時効の完成が認められなかった事件が存在する。
時効消滅の効果が絶対的であれば、どんな例外も許さず、時効消滅を認めなかった事件は1件たりとも存在しないこととなるが、現実はそうではないのであるから、原審の前提条件は、明らかに誤っている。
これらの実例について、以下で掲載する。
【判例@】東京地判平成17年11月29日(判例集未搭載 日弁連高齢者・障害者権利支援センター編「障害年金ハンドブック」282頁民事法研究会 平成30年)
【判例A】東京高裁平成22年2月18日判決(判例時報2111号12頁、「賃金と社会保障」1524号39頁)
【判例B】神戸地裁平成23年1月12日判決(「賃金と社会保障」1540号41頁
【判例C】名古屋高裁平成24年4月20日 障害基礎年金支給請求控訴事件(甲第1号証)
【判例D】最高裁第二小法廷平成26年5月19日 上記の上告受理申立て事件(甲第2号証)
【判例E】大阪地判平成26年5月29日「賃金と社会保障」1619号15頁
【判例F】大阪高判平成28年7月7日「賃金と社会保障」1675号24頁
【判例G】名古屋高判平成29年11月30日「賃金と社会保障」1704号54頁
【判例H】最判平成19年2月6日民集61-1-122判例時報1964号30頁
(在ブラジル被爆者健康管理手当等請求事件)
【判例I】東京地判平成21年1月16日公務扶助料不支給処分取消請求事件(甲第34号証)
時効消滅を認めなかったこれらの判決が存在することは、支分権の時効が、会計法が適用されるから絶対的に消滅するものではないことの証左であり、原審の前提が誤っていたことを証明する事実である。残念なことではあるが、年金時効問題に係る裁判では、多くの類似の誤判決が散見される。
明白な誤判断については、原審のような会計法の解釈誤りと、時効特例法との整合性の点であるが、慎重な裁判官は、これらの過ちを犯していない。
ところが、この2点については、多くの裁判官が明らかな点で誤った判断をしているのが現状である。
従って、原審の前提条件は前者の典型的な誤りの一つであり、本件には適用できない。
4 原審があってはならないコピペ判決の典型であることについて
裁判所の判断は、極めて重要で影響力が大きいので、多くの書物が「「コピペ判決」の横行」を戒めている。近著「裁判官も人である 良心と組織の狭間で」(岩瀬達哉:ジャーナリスト著)においても指摘されている。
この書物は、「ニッポンの裁判」(瀬木比呂志著)と比べれば、裁判官に好意的な見方をしているが、それでも、「本来、判決文は、裁判官が「記録をよく読み、よく考え、証拠に照らして的確な判断を下さなければ書けない」ものだ。これを「普通の事務」のように処理することを可能にしているのが判例検索ソフトである。」(92頁左から4列目〜同頁左から1列目)、「最高裁事務総局に勤務経験のある元裁判官は、ため息交じりにこう語った。「若手、中堅を問わず少なからぬ裁判官は、裁判を重大と感じる度合いが薄れていて、判決の理論構成も水準が落ちている。もっと時間をかけ、深みのあるものに仕上げてもらいたいと思うこともしばしばです。」」(同頁左から8列目〜同頁左から6列目)
原審を読めば、「記録をよく読み、よく考え、証拠に照らして的確な判断」を下してないことは、歴減としており、「裁判官が、裁判を重大と感じる度合いが薄れていて、判決の理論構成も水準が落ちている」こと間違いなしである。
B/Bに続く