2014年05月10日

障害年金という制度は問題だらけ!!A  制度そのものの認知度も低い

 私は、本ブログ2回目の登場となる信越地方のS.Fです。前回は、昨年12月7日(土)に「障害年金という制度は問題だらけ!! 制度そのものの認知度も低い」と題して、障害年金制度の問題点等について書かせていただきました。

 木戸先生からは、このテーマが、ある月のアクセス数でトップになったことがあったとお聴きしています。実際に苦しい思いをした体験談を赤裸々に書いたため読者の共感を得られたのではないかと有難く思っています。

 今回は、私が本件につき初診日とされた大学病院の耳鼻科受診から、事後重症認定に対して、昨年10月に審査請求をしたときまでの内容をまとめました。

 私は平成4年の8月に初めて現在の症状で大学病院の耳鼻科を受診し、その後、近くの総合病院の内科へ緊急入院しました。担当医のW先生は病気の症状のほか、日常生活の事まで細かく聴いてくださり私との信頼関係ができていました。その先生から精神科の受診を勧められ、入院先の病院から大学病院の精神科へ7カ月ほど通院していました。精神科の担当医I先生は、内科のW先生と比べ、口数も少なく物足りなさを感じました。「調子はどうですか」「どんな具合ですか」くらいの質問しかありませんでした。不眠の症状を訴えると、強い眠剤を処方されたのですが服用すると翌朝には前の日の事が思い出せないくらいの影響を受けました。実家の跡継ぎのための「腰掛」のようなイメージを受け、大学病院の医師に不信感を持つようになりました。
 
 私が、認定日請求が不支給になった原因は、当時のカルテに記載の無い内容は書けないと当時の症状より軽い状態の診断書になったからです。私の傷病名は、平成21年10月から通い始めたF心療内科のT医師によって、裁定請求をする少し前、詰まり、この心療内科に通い始めて約3年後に初めて特定されました。それまでは、色々な科を受診しましたが、病名すら特定されませんでした。今になって認定日当時の頃がどんな状態だったか、言葉や書面で説明しても医師には本当の事が分かりかねるのです。

 事後重症の結果に納得なさらない木戸先生は、長期間入院していた内科の病院や近くの内科医院にも意見書の作成を依頼してくださったり、最初に診断書を書いてくださったO先生にも、再度の訂正をお願いしてくださったのですが、いずれも、「当時を診ていないのに書けない」等の理由で、断られました。しかし、間違った診断書を出した大学病院にはそれなりの措置を採っていただきたいとの木戸先生の気持ちは強く、再々度大学病院に依頼してくれたのですが、O先生が他の大学に異動なさってしまい、一時音信不通になってしまいました。しかし、事務局を通じたりして、O先生とも電話でお話ができるようになり、O先生から後任(O先生の上司であったS先生)を紹介され、自分が話をしておくから、自分にくれたような内容と同じ依頼状を再度S先生に出してくれるよう要請があり、その時点から話が好転してきました。

 私の場合、入院した病院の診断書 @〜C(「自殺企図」と記載のある当時加入していた生命保険会社へ提出したものを含む)、及び平成4年頃からの消費者金融へ借金をした取引履歴が準備できたので、現在通院しているF心療内科で書いてもらった診断書(傷病名は「特定不能の広汎性発達障害(F14)」)も併せて参考にして、後任のS先生が約1カ月後に面談をした後、診断書を書き直していただけることになったのです。

 S先生との面談日(11月25日(月))に際し、木戸先生からは、「大学病院のS先生が適切に判断してくれるので、貴女から積極的に話さなくても良い。必要なことはS先生から質問してくれるので、余分なことは考えないで良い」等のアドバイスを頂いていたので、応対は心配していなかったのですが、話し中は膝が震え、声もワナワナと震えてしまいました。とんだ土壇場で私の持病のパニック障害の発作が出てしまい、S先生も私の様子に当然、気が付かれたと思います。

 昨年12月12日(木)にいただいた診断書には、裁定請求日の現症について書かれた内容と同程度の内容が書かれた診断書が送られてきました。

 精神疾患の患者は、病気の特性上自分で自分の病状を正確に認識することができないことが多いようです。ですから診察の際、自分の病状の悪さを医師に100%伝えることは難しいと思います。しかも患者の事を100%理解してくれるような優秀な精神科医ばかりでもありません。障害年金の最初の請求が不支給になってしまったら、私のように審査請求という方法がありますが、これで不支給の決定を覆すというのはかなり難しい事のようです。

 不服申し立てを認めてもらうには、審査官を納得させるだけのしっかりとした資料と主張が必要なのです。でも、時間と労力を費やして主張してもそれでも認められない場合もあります。私は最初の認定日請求が不支給になりショックも大きかったのですが、二人の子供たちの為にもここで諦めてしまう訳にはいきませんでした。
 
 審査請求で決定を覆すのは難しいと書きましたが、不服申し立て申請時において裏付資料の提出が出来れば、難しいとは言うものの見直してくれる可能性があるものと思われます。審査請求は経験を積んだ社会保険労務士さんに相談し、自分自身も諦めないことが大切だと思います。


※ 事務所代表のコメント
 S.Fさんは、文末で社労士への相談が大事と書かれているので、誤解のないようにこの件から触れる。私は、社労士への相談自体は大事と思っているが、基本的には、ご本人が手続されることを推奨している。但し、ここで大事なことは、見極め時だと考えている。最後までやり切ってしまい、後でどうにもならない大損害を被った人が多くいるからである。私は、ご自分でやってみるのも大事であると大らかに考えている。従って、ご自身による請求の支援もしているが、審査請求期間の60日を過ぎてしまうと大問題となる。裁定請求を却下、又は棄却された場合、等級、又は審査請求の結果に不満のあるときは躊躇なく専門家に相談すべきである。満足した場合も、「後で考えてみたら、本当に満足できるものではなかった」という場合もあるのである。

 本件審査請求に関しては、私は、先ず第一に、年金事務所の相談室長経由で認定日請求が棄却された主な理由を聴きだした。その理由は、結果としては私が想像していた内容と大差ないものであったが、私の思い込みで、ピントの外れたところを主張したり、証明しても効果がないからである。主な理由は、@ 傷病名が摂食障害で、当時の診断書の病状又は状態像、及び日常生活能力の程度の表現の記載内容が認定基準を満たさなかったこと、A 7カ所もの企業で就労していたこと、及びB 認定基準を満たす症状の継続性が認められなかったことであった。

 第一の理由については、結果、ベストの形で初診日の大学病院から相応の診断書(最初の診断書は、傷病名も「摂食障害(F5)」であったが、修正後の診断書は「特定不能の広汎性発達障害(F84.9)」)が得られ、補充意見や資料を追加した。自殺企図を証明するリストカット等の傷跡の残った写真や、無計画無責任な多重債務者であったことを証明する信用保証機関のデータ等である。第二については、家庭の事情により、無理してでも本人が働かなければ生活が成り立たなかったこと、どこの就労先でも、研修期間が終わるころからは、遅刻、早退、欠勤が続き、全ての就労先で短期間の内に退職を余儀なくされていること、及び高校卒業後IT関係の各種学校に通いIT技能が優れていたので、就職困難期ではあったが、いずれの会社でも就職を果せたことを説明した。第三については、エクセルで、平成4年から平成25年までの「現症一覧表」を作成した。現われた現症23項目について、年ごとの現症の程度を4段階に色分け(赤、黄、緑、白)し、一覧表にしたのだ。また、入院したり通院した10カ所以上の病院について、それぞれの初診日基準で病名、病状ごとに一覧表にしたのだ。これ等を見れば、現症について、どの程度の継続性があったのか一目瞭然である。これを作成するのにもご本人のIT技能が役立った。

 これだけやって、認められないことはないと信じているが、万一棄却の場合は、ご本人も私も再審査請求に移ることは当然のことと思っている。

 しかし、この時間は、通常人においても長いものであり、障害者にとっては、2倍にも3倍にも感じられるものと推測される。でき得ることなら、第一審において適切にご判断いただきたく切望している。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 09:41| Comment(0) | 1 障害年金
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