昨日(20120420(金))、名古屋高等裁判所(渡辺修明裁判長)が、「本件障害基礎年金の5年超経過で消滅時効が完成しているとして不支給とされている年金給付(支分権の相当額)を支払え」、という趣旨の画期的判決を下しました。予ねて私が予言(20111102 グログを始めるに当って 参照)していた画期的判決が遂に出たのです。このブログの関連記事4件は最後段に参考表示しますが、素人が基本的な考え方(合理性、及びリーガルマインド)のみを武器にして、国の指定代理人12人と一人で争ってきた約2年間(当時の豊田社会保険事務所への請求からは、約3年間という永い年月)、及び類似の障害をお持ちの方たちのご支援ができること等を考えると、人生最大の喜びでした。(参考 支分権:基本権に基づき、支払期月ごとに支給を受けられる具体的な年金受給権)
この事例は、初診日当時49歳のサラリーマンの妻である国民年金の第3号被保険者が、統合失調症に罹患し、初診日当日、即入院となり、同病院に1年7カ月入院していたので、実は、障害認定日は、退院の1カ月前で、退院時には既に障害基礎年金の裁定請求をすることができる障害の状態であったのです。ところが本人は、自分が病気であるとか、障害者であるとかの認識が薄く、服薬も家族の援助がないとできない状態でした。家族や親戚の者も障害基礎年金の障害等級に該当するほどの障害の状態とは思っておらず、裁定請求はそれから約10年後の、本人が60歳になってからになってしまった案件です。なお、後述する一つ目の主張根拠については、本人の行為能力は、支分権の最初の消滅時効の到来する間際には、心神喪失の常況、又はそれに近い状態であったと推認されたことによる判決です。
このような視点で実社会で起きている現実の事例を見わたすと、病院を転々として診療記録が明確にならなかったり、病院自体が閉鎖されていたり、診療録が法定保存期限(5年)を過ぎているので廃棄されていたりと、現在の保険者の運用方法では、障害者の保護の観点からは色々な面で大きな問題を抱えています。本件では、原告本人が退院後も同じ病院に家族の介助を受けて定期的に通院を続けており、現在も回復せず通院している状態で、主治医の先生からも、治る可能性は極めて低いと言われていました。
第一審では、私の無知から弁論主義によろところの主張責任を果たせず敗訴しましたが、原審の判決後気付いた、停止条件付き債権の原理を主張することによって、障害基礎年金支分権の消滅時効の起算日に関する国の運用が間違っていることを名古屋高等裁判所に認めていただけた(停止条件付き債権という法律用語は使用していないが、ほぼ同様の内容・効果を認めていただいている)のです。仕事とはいえ、良くぞ拙い長文を根気良く読んでいただけたと涙が出るほど嬉しくなりました。ブログのテーマそのままで、正に問題発見は正しい視点からされていたことが証明できました。社労士冥利につきます。
本件の主張の根拠は2つあり、一つは、個別具体的事件としての民法第158条1項の類推適用の問題であり、二つ目は、そもそも本件障害基礎年金の支分権が、裁定請求前に消滅時効の進行にかかるのかどうかの問題です。
私は、当初前者で勝つのは当たり前の問題で、後者の理由で勝訴することにより、多くの障害者に対する支援に大きな影響力を発揮しようと、いわば、民衆訴訟提起の気概をもって、途中から後者の主張に力を入れていました。ところが、原審では、主張根拠の選択どころか、前者の根拠についても負けてしまったのです。このときの敗北感は何とも情けなく、惨めで、自分を失いかけました。裁判所でも正義が勝てないのかと世の中の動きに疑念を抱くような心の揺れた時期もありました。それでも色々考え、考え方を整理し、紙に書いたりしました。ことの道理からして、私に時間を気にせず相談・議論できる弁護士が一人でもいたら勝てる案件だとの自信があったので、論点・争点を整理し、両社の立場から多面的に事実と、道理を何度も何度も考え直しました。
二つ目の根拠に対する私の主張は、今まで、国の専門職関係者も、年金の専門家である社労士も、弁護士も、学者も、誰一人として指摘してこなかった論点(ある程度法律の知識が必要、社会保険に関する知識が必要、及び具体的事件に遭遇する、という3要素が重ならないと論点とするチャンスもない問題)です。公的年金としての障害年金には、約70年という永い歴史があるのですが、日本中で私だけが偶然その3要素に恵まれたのです。この責任を果たさなければ、社労士になった意味が半減します。私に与えられた使命と感じ対処してきました。これは「コロンブスの玉子」で、これからは、名古屋高裁の判断が当り前になってくることでしょう。
この判決の何が画期的かと言えば、「裁定が単なる確認行為にすぎないことを考慮しても、裁定を受けない限り、支分権は、未だ具体化していないものというほかはない。」(一部省略)と言い切ったところです。これに関する国の主張は、国民年金法第18条3項に基づく、基本権に連動させた条文上の表現による架空の原則的な支払期月です。基本権と支分権の関連については、中々難しく、私も確たる信念がある訳ではありませんが、少なくとも、実社会で運用される重要な法律の運用で、事実関係を架空で置き換えて運用されることには、法律を少しはかじった者として許し難いところがあり、我武者羅に形振り構わず主張してきました。
いま一つの画期的は、「本件につき、裁定を受けていないことは、支分権の消滅時効との関係で、法律上の障碍に当たり、時効の進行の妨げになるというべきである・・」、と断言したことです。これは、今までの民法学者(我妻栄氏等超権威者)の諸説等(参考 法律上の障碍:期限の未到来とか条件未成就のような権利を行使することができない状態のこと、そして、「事実上の障碍、及び個人的な障碍は、法律上の障碍ではない」、というのが通説になっている)から考えると、勇気のいる判断ですが、明文をもって断定していただきました。
画期的は、まだ一つあります。それは「本件不支給部分についての消滅時効の起算点は、本件裁定が控訴人に通知された時点であるというべきである」(一部省略)と言い切ったところです。これによれば、控訴人の請求は5年以内となり、支分権の消滅時効は完成していないことになります。 これに関する国の主張は、国民年金法第18条3項に基づく、基本権に連動させた条文上の表現による架空の原則的な支払期月の翌日です。これによれば、時効の進行から5年を超える経過があり、基本的には法律上消滅時効は完成してしまいます。社会保険審査官は、私の電話による質問に対し、「裁定請求の翌日」、という回答をしてくれました。私はこの回答に基づいて請求をしましたが、判決との違いは僅か1カ月のことです。この問題は、遅延損害金相当額の計算に関係してきますが、私に何の異存もなく大満足の判決でした。
また、民法第158条1項に基づく類推適用も認めていただけたので、控訴審は私にとって完全勝訴と言えるものでした。これらの論点が大きな問題である事は、分かる人にしか分からない内容ですが、この内容で判決が確定すれば、障害者支援の大きな力になるものと確信しています。
国は、「内容を精査して適切に対処していきたい」(一部省略)、としていますが、上告が適切と判断される事も考えて、臨戦態勢を強化しています。
概要は、本日付日本経済新聞 朝刊 地方版39頁「障害基礎年金支給 5年より前の分も」、「名古屋高裁 国に命令」、を参考にしてください。
※ 参考 本ブログ 関連記事
20120414 厚生労働大臣への意見票
20120324 縦割り行政の弊害
20111210 停止条件付き債権
20111126 障害基礎年金の消滅時効の適正化について
※ 読者へのお願い(ご注意)
この判決はあくまで、個別具体的事件に対する判決ですので、公的年金については、3つの画期的のすべて(つまり、「裁定が単なる確認行為にすぎないことを考慮しても、裁定を受けない限り、支分権は、未だ具体化していないものというほかはない」、「裁定を受けていないことは、支分権の消滅時効との関係で、法律上の障碍に当たり、時効の進行の妨げになる」、及び「本件不支給部分についての消滅時効の起算点は、本件裁定が控訴人に通知された時点であるというべきである」の3つ)について、一般論として言える段階ではないということです。今のところ、私は、保険事故の事実が誰の目にも明らかな場合、例えば、老齢年金や遺族年金に拡大解釈することは危険であると思っています。勿論、障害年金についても、同様のことが考えられます。
2012年04月21日
遂に出た画期的判決 時効問題控訴審完全勝訴
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 20:04| Comment(5)
| 1 障害年金
月刊社労士6月号は、「月刊社労士2012年9月号」に訂正します。
ご迷惑をかけました。