2018年03月24日

控訴審から引き継いだ事件の反論の内容


以下は、私が民事訴訟法第60条の補佐人として、本人訴訟の相談・指導業務を受けた事件での答弁書に対する反論内容である。初回期日は、3月28日(水)東京高裁であるが、前日にはFAXで送り、原本は、当日持参する予定である。

被控訴人は、重大な論点については、何も反論していない。これは、過日の名古屋高裁と同じである。この点のほか、直接関係しないが、最高裁大法廷における事件の最高裁判所判例解説と、身体の障害についてではあるが、直接関係する判例との鬩ぎ合いについて注視してお読みいただければ幸甚である。珍しく、短い書類になったので、全文を公開させていただいた。


 控訴人は、上記の事件に係る平成30年3月28日付答弁書の被控訴人の主張に対して、以下のとおり反論する。
 なお、略語等については、従前の例による。

第1 答弁書の主張に対する反論について
 被控訴人は、控訴人の主張は、「いずれも原審における主張の繰り返しか独自の見解に基づき原判決を批判するものにすぎず、…、なお、念のため、控訴人の主張に対して必要な範囲で反論する」(3頁下から10行目)と主張する。
 しかし、控訴理由書の主張が、原審における主張の繰り返しでないことや、独自の主張ではないことは明らかであるので、主要な違いに限定して、以下で詳述する。
1 控訴人の主張は「原審の繰り返し」ではないことについて
 控訴人は、権威ある文献を用い、初診日証明を含む本件裁定が、法定条件であり、法定条件にも、条件に関する規定が類推適用されることを、控訴理由書において初めて主張した。 これも認識できない被控訴人なのか、わざと無視しているのかは定かではないが、これ一つ採っても原審の繰り返しでないことは明らかである。
 被控訴人は、「必要の範囲で反論する」としながらも、最も反論が必要なこの点について反論のないことは、擬制自白とみなしてよいのか、後日反論を補充するのかを明らかにされたい。
2 控訴人の主張は「独自の見解」ではないことについて
 控訴人の主張が独自の見解ではないことについては、控訴理由書 第8 において、障害年金関係者等について、本件補佐人の考え方等に関する賛同者を紹介したが、法学関係でも賛同者は多い。
O 大学法科大学院の S.F 非常勤講師・弁護士及び A 大学法科大学院教授の H.F 教授・弁護士等は、本件補佐人の考え方等に賛同し、保険者国の主張は屁理屈が多いとの意見で一致している。従って、補佐人の見解は、法律的主張構成の面でも独自の見解ではない。
 一方、被控訴人の主張は、論理や実務との整合性に多面的に矛盾が生じており、自己の主張を理路整然と主張できなくなってきている。
 従って、ほとんどの裁判所が、裁定前に支分権消滅時効の進行・完成を認めているとか、年金時効特例法との整合性を自己の主張の正当性の根拠としているが、残念ながら、被控訴人の主張には、「合体論」(控訴理由書第6の1及び2参照)を除けば、筋の通る主張は何一つないのである。
 最高裁判所判例解説(甲第7号証)は、最高裁大法廷において十分に審議された内容を述べており、939頁から941頁の説示に誤りはなく、実務とも整合している。
 ところが、被控訴人は、今回最高裁判例の第一審における注意深い裁判官が問題視していた正しい支払期月(控訴理由書第6の1及び2参照)について、本来なら原告からあるべき反論のなかった判決の結論のみ、又はこの判決の上訴審における結論のみを主張の根拠としているが、このような事実状態の判決は、いくら最高裁の判決といえども、判例として法規同様の適用はできないものである。
 それでも被控訴人が、最高裁判例の名だけでもって押さえ付けようとするのであれば、この判例は、最高裁大法廷でもって、修正していただく必要がある。
 この問題は、国自らが、年金法の受給権保護規定を侵している事件であるので、金額の大小以前に、それほど大きな問題なのである。
3 法の専門家が年金法を誤解している事実について
 本件類似事件について、年金法を知らない、又は熟知しない裁判官が、多くの誤った判決を下している事実を見逃すことはできない。
 本件の問題について、障害年金と老齢年金の違いは自明の理であるが、神戸地裁では、平然と、「差異を設けていない」と断言(甲第39号証、16頁下から12行目)している。そして、大阪高裁までが、それを踏襲しているのである。
 また、「差異を設けていない」とする理由が曖昧で、理由となっていない。
 判決では、「裁定について規定した国年法16条、年金の支給期間及び支払期日について規定した国年法18条が、国年法第3章第1節「通則」に設けられていることからも明らかなとおり、国年法は、年金給付を受ける権利の発生及び行使の方法について、障害基礎年金と他の種類の年金との間に差異を設けていない。」(同、16頁11行目)とされているが、この両者の差異は、国年法でいえば、第3章第2節第26条(支給要件)と同章第3節第30条(支給要件)を比べただけでも、容易に確認できる。
控訴人は、最高裁の良識を信じているし、下級裁判所においても、行政事件についてでも、良識を発揮している裁判官が一定の率で健在であることを確認している。
 本件において、被控訴人の主張を認めるためには、最高裁判所判例解説(甲第7号証)の939頁から941頁及び川井健の民法総則第4班(甲第23号証)の297頁の説示や考え方を否定しなければできないことになる。
 従って、被控訴人には、議論が噛み合うように、これら書証の説示や考え方を認めるのか、認めないのかの認否を明らかにしていただきたい。
 論理法則や経験則に反する判断は、いかなる裁判所においても認められるものではない。条件未成就の内に消滅時効が進行し、完成するなどといったことは、明らかに論理法則や経験則に反している。条件未成就や期限未到来は、どこの裁判所においても別の解釈を出しようのない、時効進行上の法律上の障碍である。
 本書では、多くを述べないが、御庁の良識に期待している。

第2 今回最高裁判例は汎用性に乏しいことについて
 昨年10月17日付の今回最高裁判例の第一審判決では、被控訴人の主張する支払期月を正しいものであると断定している訳ではない。
 上記の第一審判決である乙第38号証判決は、この弁済期(支払期月)についても問題意識を持っており、「…、支分権たる受給権の消滅時効の起算点がその本来の各支払期日である限り、その権利は時効によって消滅しており、…」(11頁2行目)と条件を付けて判決理由としていることを見逃してはならない。
 この事件の裁判官らが社会保険関係訴訟の実務(甲第5号証、252頁左から2列目)に、「国年法及び厚年法上の年金の支分権の消滅時効の起算点も右の原則に従い、裁定後の分については各支払期月の到来の時であるが、裁定前に支払期が到来したものについては裁定時(ただし、初日不算入)が起算点となる。」との記載があることを知っていたかどうかは分からないが、判決理由の表現からすると、少なくとも、正しい支払期日(月)について問題視していたことは疑う余地がない。
 この疑問は、以下の理由で自然である。
 納期や支払期月を債務者が自由に選べるなどといった被控訴人の解釈は、どこからも出てこない。ただし書は、制限列挙の規定ではない。被控訴人は、5年間遡及分をこの規定に基づき支払っており、その分と、遡及5年を越える分を他の規定によるなどという解釈はあり得ず、本件では、ただし書を文理解釈するだけのことである。このことは、上記社会保険法関係訴訟の実務(甲第5号証)が誰にも分かるように明快に結論を述べている。
 本件については、被控訴人が潜在的抽象的観念論により自己の運用が正しいとの主張を繰り返すので必要以上に多くの不要な議論がなされ、問題を複雑化している。
 しかし、条件未成就や期限の未到来は、被控訴人も認めている法律上の障碍であるので、この点について論理を整理すれば、被控訴人の運用が違法であることは、単純明快に客観的な事実として明らかになる。
 この点については、上記第1においても主要な2点に絞って主張済みであるが、最高裁といえども、「当事者が主張しない事実を判断の基礎にしてはならない」のであるから、昨年10月17日付の今回最高裁判例(控訴理由書第3の2(1)イ、第5の5、及び第7の1ないし3関連)が、判例として広く適用できないものであることを明らかにする。
 控訴理由書で述べたように、初診日証明を含む裁定は、法定条件であり、法定条件には、条件に関する規定が類推適用されるので、裁定前に条件が成就することは絶対になく、支払期月が到来することも絶対にない。このことは、誰が何と言おうと絶対である。
 この点、乙第38号証の判決を下した裁判官は、注意深く判決理由に条件を付していたのである。
 これを現実に当て嵌めてみると、本件消滅時効の起算点が、上記のとおり、「その本来の支払期日」でなかったのであるから、この判決も原告の主張によっては逆転していたことになる。
 このように考えれば、控訴審及び上告審も結果が変わっていたものと推認され、被控訴人の主張のように、判決に至る経緯の実体を無視して、最高裁の判決の結果だけを根拠とする主張が意味のないことであることが明らかになる。

第3 裁判所における実質的な立法権の侵害について
 理由は今までに十分説明済みであるが、受給権者が既に既得権として取得している本件支分権について、立法の手続きを経ていない内簡(甲第1号証)によって、5年間遡及支払いとすることは、我が国においては明らかに違法である。
 被控訴人は決定通知書への時効消滅している旨の付記は、内簡によっているものではなく、法令の解釈に従ったまでであると嘯くが、これについても、保険者自らが処分変更して新たに遡及支払されることになった事案に対しても、現場ではこの内簡に従って、訳も分からず、5年間支給に制限しているのだから、このことだけから考察しても、被控訴人が内簡により運用していることは間違いのないことである。保険者自身関係の上層部においてはこの違法に気付いているのである。
 しかし、このことに関する論理が滅茶苦茶であるので、これを厚労省及び日本年金機構の関係者全般に理路整然と周知徹底することも不可能な状態なのである。

 被控訴人やほとんどの下級裁判所では、本件支分権は、裁定前に時効消滅していると解釈しているが、障害年金について、そのような解釈が成り立たないことは以上で述べてきたとおりである。

 従って、裁判所が内簡による運用を認めることは、実質的に司法権が立法権を侵害していることになり、決して許されることではない。
 これ以上異常な事態が続けば、この問題も大きな社会問題であるので、立法府において審議を要することとなる。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 11:37| Comment(0) | 1 障害年金
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