先週の記事では、障害年金手続上の初診日証明が停止条件である旨の見解を表明した。今となっては、この主張は不可欠であるが、今一つ、国や裁判所が理屈にもならない不合理な主張を繰り返す根本的原因で隠された重要事項があるので本日はこれについても触れることとする。
以下が、前者の具体的主張内容及び後者の問題について掘り下げた最新版の準備書面補充書の(案)である。
平成29年(行ウ)第●号 障害基礎年金支給請求事件
原告 ?? ??
被告 国
準備書面(2)補充書(案)
平成29年11月25日
東京地方裁判所 民事第●部●係 御中
原告輔佐人社会保険労務士 木戸 義明 ㊞
補佐人(以下「私」という)は、労働社会保険関係の法定手続き業務については、唯一有償で代理受任できることを許された専門職であるので、被告の障害年金支分権の消滅時効が完成しているという主張が違法であることにつき、主に実務及び事件の経緯・実体から原告の主張を補充する。
第1 障害年金支分権消滅時効に係る初めての最高裁判決について
最高裁は、従来、類似事件について一貫して不受理を続けていた。しかし、平成29年10月17日に最高裁としては初めての判決(乙第44号証)が出された。
これは、左下腿切断の身体の障害についての判決であったが、相手方の抽象的観念論を認めた原告が老齢年金についてはやむを得ない解釈と認めている判決内容であった。
この判決文では、平成7年11月7日の最高裁判例が引用されており、この引用文は通算老齢年金について説示されている内容であるので、その説示内容については、原告も全く意義のないものである。
しかし、本件は、事情・実態の全く異なる精神の障害の事案であり、裁定前には、受給できるかどうかや障害等級が何級になるかは誰にも分からない事件であるので、この最高裁判決が説示するように、裁定請求すれば「同法の定めるところに従った内容の裁定を受けて障害年金の支給を受けられることとなる」事案とは異なる。
この最高裁の判断は、障害年金の手続上の初診日証明が停止条件付債権であるとか期限未到来の債権であるとかの時効が進行しない場合に係る法律上の障碍について主張されていない事案であるので、弁論主義のテーゼから考えればこれは正しい判断であったと思われる。
しかし、結果、停止条件付債権を条件成就前に時効消滅させていること及び期限未到来の債権をその状態のまま時効消滅させるという極めて不合理な判断を下してしまっているので、他の模範となる判決とは言い難い。
最高裁の判決の影響は余りにも大きく、平成29年●月●日の大阪高裁の類似事件の判決(平成29年(行コ)第●号 未支給年金支給請求控訴事件、甲第仮21号証)では、重度の精神の障害の事案について、この身体の障害についての障害年金支分権消滅時効に係る初めての最高裁の判決をそのまま引用して誤った判決を下している。
しかも、この事件は平成29年9月13日に結審しているので、その時点では、平成29年10月17日の最高裁判決は未だ下されていなかった。この判決が、裁判官の心証形成に影響を及ぼすことはやむを得ないこととしても、これを公然と判断の参考としているのは違法と言わざるを得ない。
仮に、これを大阪高裁現症と呼ぶと、精神の障害について最高裁において正しい判決が下されない以上、間違いなくこの大阪高裁現症が全国に広がってしまう事態となる。
第2 停止条件付債権を条件未成就の内に、期限未到来の債権をその状態のまま時効消滅させているという大罪について
原告は、従来、障害年金の支分権が停止条件付債権であることの証明のために、障害年金には障害等級認定等があることを停止条件である旨の説明をしてきた。
しかし、この障害等級認定は、被告において行われていることであり、かつ、ほとんどの場合(約87%)に、請求者の請求どおりに認められている事例であったので分かり辛い事例提示であった。
障害年金の支分権が間違いなく停止条件付債権であることは、初診日証明が裁定請求者(受給権者)に義務付け(甲第仮22号証)られており、初診日が決定しないとその後のことは一歩も前へ進まないことで普遍の真理として証明できる。
障害年金を受給するには、3つの要件が必要不可欠である。これを簡記すれば次の3要件である。
@ 被保険者期間中に初診日があること(20歳前障害は例外あり)
A 一定の期間において国年令別表又は厚年例別表1の定める障害の状態にあること(この一定の期間にも、初診日は必ず絡む。)
B 初診日の前日において保険料納付要件を満たすこと(20歳前障害は例外あり)
従って、初診日が決まらなければ、それ以降の事柄は何一つとっても一歩も進まない。基本的に、障害認定日及び各支払期月は、被告が考えているように、初診日さえ決まれば、当然にやってくる。しかし、初診日が決まらなければ、被告が弁済期(支払期月)と主張する各支払期月も到来しない。
このことにより、社会保険関係訴訟の実務 法務省訟務局内社会保険関係訟務実務研究会編(甲第6号証、252頁左から2列目)が述べる、「国年法及び厚年法上の年金の支分権の消滅時効の起算点も右の原則に従い、裁定後の分については各支払期月の到来の時であるが、裁定前に支払期が到来したものについては裁定時(ただし、初日不算入)が起算点となる。」との記載が真実であることが確認できる。
余談だが、この研究会の会員は、社会保険関係訟務実務については我が国最高の実務能力を備えた方たちが構成員であり、発刊当時は、法務省訟務局行政訟務第二課長の高野伸氏が研究会の代表を務めてみえた。
被告のように、初診日を除いて考えれば、各支払期月の到来によって、その翌月の初日に、支分権消滅時効の進行が始まるという考え方が出てきてしまうが、実際には、初診日が決まらなければ、そのような事態は、絶対に起こり得ない。
しかも、初診日は、裁定請求者(受給権者)に証明義務(裁定請求書に記載し、医証等の提出義務がある)がある。それができなくて、障害年金の請求自体を諦めざるを得なかった人はあまた居る。
初診日の病院の経営者が替わったために、初診日証明ができず、他の要件は満たしているにも拘わらず、そのことだけで、障害厚生年金の請求が認められなかったのが、甲第仮23号証の事件の例である。
この方は、平成10年10月9日敬愛病院での初診日の請求であったが、これが認められず、平成12年12月31日に入院した日大板橋病院での初診日が障害年金請求上の初診日とみなされ、障害基礎年金の事後重症とされてしまった。
もし仮に、初診日証明が障害年金受給上の停止条件でないというのであれば、その事だけについてでも裁判で争う必要がある。これは、それほどに重要な事柄である。
この現実を見れば、裁定請求者の初診日証明は障害年金支分権発生の停止条件であることは明らかであり、これは万人が認める事実である。
これを時系列で考察すれば、初診日の証明は裁定請求前に行われることは絶対になく、裁定請求前にこの条件が成就することは絶対にない。
初診日証明が停止条件付債権であることについて、一般論においても確認する。
停止条件付法律行為は、条件が成就した時からその効力を生じ(民法第127条1項)、条件が不成就に確定することにより、確定的に無効となる。
条件付法律行為の当事者は、条件の成就が未定である間は、相手方の利益を害することはできない(民法第128条)。
これに沿って考えれば、受給権者は、初診日証明未成就の内に障害年金受給という利益を害されることはない。従って、条件成就前に障害年金の支分権が消滅時効により時効消滅するということはあり得ない。
既述のとおり、従来原告は、障害等級認定等があることを停止条件であると主張していたが、今回これを万事に当て嵌まる初診日証明義務について主張する。このことは、本件のような重度の精神障害については、発症初期の段階では、病名すら特定されないことや初診日が何時であるかも特定できないことが多い。このような事情の場合は、裁定請求者が初診日証明という義務を果せないことが多い。このような主張は、今まで類似事件においても誰一人として主張してこなかった主張であるが、この事実は万人が認めざるを得ない事実である。
また、条件未成就の債権に弁済期(支払期月)が到来することは絶対にない。被告は前提条件を誤認しているので、自身が時効進行上の法律上の障碍と認めている事実についてさえ、法を誤って適用しているのである。
従って、結論として障害年金の支分権が裁定請求前に時効消滅するなどということは、法律的解釈としては絶対にあり得ないのである。
第3 被告及びほとんどの裁判所が結論ありきの不合理な主張を続ける根本原因について
国は、別件裁判(前掲甲第仮21号証)において平成25年7月31日付けの社会保険審査会の裁決書(甲第仮23号証)を引用している。この説示の中には、「相手方は基本権について時効の援用を放棄しているのであるから、そのことを議論の外において支分権消滅時効の成否を議論すること自体相当でない旨の説示」(6頁下から1行目から7頁下から10行目、エの部分、以下「合体論」という)がある。
この考え方は、筋論としては、被告の考え方の内、障害年金の場合にも通用する唯一の合理性のある考え方である。
この合体論は、東北大学嵩さやか准教授の論文(労働判例研究第1226号、乙第42号証)にも述べられている内容であるが、国は、書証として提出するのみで、公然とこの考え方を主張していない。裁判所に忖度を期待しているように感じられる。
しかし、被告も裁判所も根底にこの考え方があるので、この考え方に沿った法律的解釈として同じ結論を得たいためにほとんどの裁判所で無理やり抽象的観念論を採用している。
ところが、この抽象的観念論では、障害年金、特に重度の精神障害の場合は、時効消滅の理由とされている確認行為型の裁定における裁量権や裁定請求と支給の必然性が実体と相違するので、国民から大きな不満と多くの諸請求手続きが起されている。これは、潜在的需要を加味すれば相当の件数に上るものと推測される。
合体論は、唯一の合理性のある考え方ではあるが、運用の根拠に立法を介入させなかったところに問題がある。原告は、何が何でも無制限に満額の年金を支払うべきだとの立場を採っていない。
この国の運用は、多くの側面において、矛盾を生じさせており、厳粛・厳正であるべき司法の世界にまで混乱と大きな悪影響をあたえているので、現在の運用である内簡の内容を法令にすべきであったといっているのである。立法で議論され、結果5年遡及になろうが、10年遡及になろうがそれは何の問題もない。例外として、支分権の遡及を何年認めるかについては、考えられる全ての要素を加味して、議論の上、立法において決められるべき事柄である。
ほとんどの裁判所が、場当たり的な措置となる政治的判断をして、論理法則や経験則に反する判決を連発してしまっては、後々禍根を残す結果となる。
第4 結語
よって、被告は原告の請求を直ちに容認すべきである。
以上