2015年08月29日

公務の執行権を持つ者の自覚を期待する

最近のテーマには、文献の紹介が続く。今回は、社会保険法に関する著書を紹介する。それは平成23年12月1日に第1刷が発行された「裁決例による 社会保険法 第2版」である。 平成19年に発行された第1版の改訂版である。

この著者、加茂紀久男氏は、第1版を当時の社会保険審査会委員長であった大槻玄太郎氏の勧めで執筆に当たられた。同氏の推薦の辞にもあるように、非常に困難な仕事を成し遂げられた。この困難性について少し触れれば、過去の裁決を評価してリーディングケースを抽出し、これを関係法令の規定の体系と関連づけて整理するという困難な作業に適任者が得られないまま年月を経過してきたという経緯があったようである。

加茂氏は、平成11年2月、東京高等裁判所部総括判事を定年退官されると同時に社会保険審査会委員に就任され、平成18年末の任期満了まで足かけ7年にわたり、2つの部会の一方の審査長として年々増加する案件の審理に指導的役割を果たされた方である。さすがこれだけの経歴を持った方であるので、上記のような困難な仕事を成し遂げることができたものと敬服する。

この書籍の目的は、このような状況において、上記社会保険制度について、現実に即した理解を深め、かつ、その運用の改善の一助となることにある。これは、社会保険審査会がその裁決において示した法解釈を引用しつつ、制度の趣旨、法解釈の実践的な様相とその問題点を明らかにしようとするものであるので期待の大きなものであった。

ところが、現実を見ると困ったことに、私が問題にしている年金支分権の消滅時効の問題については、裁定と支分権行使との関係という根本部分について、社会保険審査会の考え方が定着している 3 例以上を提示して、私の考え方の正しいことを証明しているが、保険者国(厚生労働省)は中々行政不服審査法に定める弁明書(同法22条)すら出してこないし、訴訟の指定代理人(法務省2〜3名、厚生労働省 8名から12名程度が多い。最高裁では全員で18名であった) においても、この先例に反する主張を平気でしている。

そして、行政不服審査法では、不作為の異議申立てが提出されると、その翌日から 20日以内になんらかの行為をするか、又は書面で不作為の理由を示さなければならない(同法50条)のだが守られていない。

厚生労働省の担当者に聞いてみると、その決済を得るのにも2ヵ月もかかるという。これでは同法同条は全く機能していないことになる。厚生労働省に対して国家賠償法に基づく損害賠償でも提起したくなる。

いずれにしても、執行権のある者がその気になって正義感を持って行動に移さなければ何事も進まないものである。国等に有無を言わさず行わせるには、裁判で勝訴する以外にないのだが、それも痺れが切れるほど長期間を要する。最近多い問題は、不当な事後重症認定と障害状態不該当事由 による支給停止であるが、弁護士に依頼したい場合にも行政訴訟自体を行ったことがなかったり、受任する事を敬遠したりする弁護士が多い。

不服申立てでは、自己に不都合な資料は審査資料としないといった常套手段が使われるし、保険者と独立した立場とはいうものの、厚生労働省に人事権があるのだから、一般的には、裁判よりは公平感が持てず、裁判には多くを期待するのだが、その体制は十分ではない。「絶望の裁判所」や「ニッポンの裁判」を読むと、刑事訴訟、行政訴訟、及び憲法訴訟については、最高裁判所長官、及び最高裁判所事務総局が実質的に下級審の裁判内容をコントロールしてきたような例があるので、弁護士が行政訴訟を敬遠するのは、ある程度仕方ないことのように思えるが、それでは困るのである。私は、全国にお客様がいるので、気脈の通じるその地域に対応できる弁護士の先生が必要なのである。

年金訴訟に限定すれば、地域事情等もあり選べる弁護士も極めて限定されてくる。そこで今年4月施行の社会保険労務士法の法改正による「補佐人制度」が活きてくるわけであるが、一番肝心な受任弁護士との意識合わせが問題となる。

やはり問題が起こってしまってからの解決は、5倍、10倍の努力を要することとなってしまうので、できれば行政段階で解決したいものである。ところがこの書籍の「まえがき」にもあるように「保険者の実務は、とかく先例や通達、あるいはマニュアルの片言隻句に眼が行きがちで、生起する個々の問題の解決方向を探るにあたって、制度の根底にある法令の条文とその趣旨に遡って考えるという姿勢に欠ける憾がないとはいえない。」というのが実態で、私達の経験も同感である。

年金給付は憲法第25条2項(生存権)に基づき具体化した国民の重要な権利である。具体的には、譲渡、担保、差押え等が禁止(国年法第24条、厚年法第41条1項)されているほどの、特に障害年金や遺族年金については、さらに公課も禁止(国年法第25条、厚年法第41条2項)されているほどの重要な国民の権利である。公務に携わる方たちには受給権者の痛みの分かる対応を切に願うところである。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 14:50| Comment(0) | 13 社会・仕組み
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: