2月11日(木)日経新聞の3面に、民法改正に向けた動きと、きょうのことば「民法改正」が載った。障害年金の消滅時効の不合理な運用について国に法改正等を迫っている私としては、真っ先に「時効」の文字と、時計のイラストが目に入った。具体的には、『「知ったときから5年」に統一』の文字が直感的・反射的に確認できた。これは、人間というより、野生動物的な反応であった。なぜこのような反応になったのか、この一言は、私が問題にしている中心的な争点を解決できる決定的な一言であるからである。
統合失調症等の障害の場合、初期の段階では、本人は病気・障害という病識もなく、周りの者も気付いていない場合が多い。また、薄々気付いていても回復への期待や色々な事情で、障害年金の裁定請求が5年、10年と遅れる場合は珍しくない。大雑把にいって、例えば、10年遅れて裁定請求した場合、受給要件を満たせば、遡及5年分の年金は一括して支払われるが、それより前の5年分は、消滅時効が完成しているとして不支給とされているのが現在の運用である。
この5年を越える分を不支給とする運用を行っている根拠規定は、昭和45年9月10日付でなされた社会保険庁年金保険部国民年金課長外2名から都道府県民生主管部(局)長外2名宛てに発出された「内簡」のみであり、実定法にこの規定と同趣旨の規定はない。これは内部通知であり、法令ではない。この時、現在の国の運用が正しいことであれば、この内容を法令にしておけば基本的には何の問題も生じていなかった。
これがなされていなかったので、国は現在の運用を正当化するために苦しい答弁を強いられている。読者には分かり辛いところであるが、国は、支分権(具体的債権である隔月に支払われている年金)の消滅時効は、裁定前であっても、受給権(基本権)が生じた翌々月の初日から進行し、その時から5年が経過すると、自動的(会計法適用の場合)に消滅すると主張している。そして、受給権者は、裁定請求をしさえすれば、支分権の受給は受けられるものであり、これは消滅時効の進行を止める法律上の障碍ではないと主張し、この主張を多くの裁判所で認めてきてしまったのである。加えて、国は、例え法律上の障碍であっても、受給権者の意思で、障碍を除くことができる場合には、時効の進行を止めないと解されている(我妻栄・新訂民法総則484頁、川島武宜・注釈民法(5)281,282頁[森島昭夫])と主張している。常人からすれば、病識もない者に対して、とても言えることではないが、残念ながら、これが法律の世界の常識となっている。
これに対して、私の事件(平成24年4月20日名古屋高裁判決、平成26年5月19日最高裁で確定等の事件)では、名古屋高裁は、支分権消滅時効の進行は、裁定(年金決定)通知書を受給権者が受けてから時効進行する旨を「社会保険庁長官の裁定を受けていないことは、支分権の消滅時効との関係で、法律上の障碍に当たり、時効の進行の妨げになるというべきである」と明確に判示した。しかも、国の屁理屈について、「被控訴人は、上記と異なる見解を縷々主張するが、いずれも採用することはできない」と断言した。この言葉は、もう一方の争点である、民法第158条の類推適用等についても用いられ、国の主張は1つとして合理性があるとは判断されなかったのである。
詰まり、この新聞記事の改正案は、現行法の解釈においても正しいこととして既に判断の基準になっているのである。「裁定(年金決定)通知書を受給権者が受けてから進行」というのは、正しく「知ったときから」と同義であり、この名古屋高裁の判決は、画期的な名判決であったと感謝している。余談だが、この判決文には、「受給権者は、基本権について、社会保険庁長官に対して裁定請求をし、社会保険庁長官の裁定を受けない限り、支分権を行使することができないのであって、社会保険庁長官の裁定を受けるまでは、支分権は、未だ具体化していないものというほかはない」という言葉もあるが、これも諸状況を簡明に表現した名言であると私は感心している。
なお、きょうのことばには、『債権法は、1896年(明治29年)の制定以来、ほとんど改正されてこなかった。判例の蓄積や解釈論が実務に定着しており、「基本的なルールが民法では見られない状態」になっていた』との法務省の反省もあるが、正にこの消滅時効問題もその弊害の煽りを受けている。
中心となる争点での正しい考え方は、いとも簡単明瞭で、「知ってから5年」で消滅時効完成であるのだが、国は、今でも、黒を白と言い含めるような法律的技法を用い、理論構成は内簡とは異なるが、内簡に基づく運用内容を正しいこととして主張している。法務省の反省にあるように、間違った判例や、解釈論が定着していたのである。
私は、この内簡に基づく運用を全て否定するものではない。しかし、これを認めるとしても、国が、受給権者に対して何度も何度も裁定請求を促し、それでも裁定請求しなかった場合のような、老齢年金の一般的事情の場合のみであり、これはあくまで、例外であることを念頭に置かなければならない。この内簡の運用は、財政事情の苦しい年金行政を考えれば、政治的判断としては広く一般論として在り得ることであるが、法治国家における行政不服審査庁や裁判所において政治的判断はあってはならないことである。国は、自らの過ちを認め、早期に、法改正等により合理的運用に改めるべきである。
2015年02月14日
消滅時効に関する民法改正要綱案
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 15:18| Comment(0)
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