2020年02月15日

「8歳の子供に分かるように話してください」


先月、1月19日(日)だと思われるが、NHK総合23:00から放映のグッド・ファイトの一シーンで、標記のような裁判官の発言があった。

刑事事件がらみのある弁護士事務所のあれこれを題材にしたドラマであるが、私は、この裁判官のこの発言に、謙虚さと正義感をお持ちであると尊敬の念を抱いた。

勿論、私の行っている行政訴訟とは、審議の方法もシチュエーションも全然異なるが、このような裁判官がいたら、おかしな判決は出ないのではないかとさえ思った。

全く偶然ではあるが、20190105(土)の本ブログでも同様の内容をテーマとしているのである。

題名は、「あるリケジョ弁護士のことば「小学生に説明するように」」である。

話の内容は、裁判官の主張の内容の理解度に関する話であった。主張内容を普通に記述しても中々担当裁判官には通じない。小学生に説明するように丁寧に主張する必要がある。裁判官は、その程度だと思わないと後悔を残すことになるとおっしゃっていたのである。

特に、裁判官に万能や正義を期待しても、期待を裏切られるだけで、訴訟進行上害になるとのお考えであった。

「私のやっている裁判は、ほとんどが行政訴訟であるので、なお更その傾向は強く、リケジョ弁護士のお言葉に変に納得してしまった。」とも書かれている。

8歳といえば、我が国では、ほぼ小学校3年生に該当する。小学校では、低学年(3年生まで)と高学年(4年生から)では、先生からの見方は随分と変えられているが、裁判官には、正に低学年でも分かるように説明する必要があるのである。

説明の仕方の問題であれば、そんなに苦労しないが、行政訴訟においては、裁判官が国の味方をしたり、根本となる前提を誤認していたり、誤解釈していたりするのだから手に負えない。


本日は、社労士成年後見センター愛知の登録資格の更新研修があり、名古屋に出掛けるが、出かける前での投稿としたので、短い内容で終わらせていただいた。折角の研修ゆえ、何か有益な情報なりが入手できれば幸いであるが!?
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 00:17| Comment(0) | 11 所感

2020年02月08日

しっかり視ていた社会保険審査会


先週の2月1日(土)に、短期給付である退職(平成30年9月8日資格喪失、資格喪失後の給付は、中断があると以後の給付は復活しない旨の規定がある)後の傷病手当金を止められた事件(20191221(土)アップ「社会保険審査会の公開審理には極力出席すべき」右変形性膝関節症原因の事件)に係る社会保険審査会からの令和2年1月31日付け裁決書が届いた。

予想通り完勝であったが、私は、3人の参与が皆「請求人の主張を認めるべき」との意見であったと思っていたが、裁決書には、なぜか、「(1名)」と書かれていた。

公開審理では、審査長以外の2人の委員の発言が多くの時間を占めた。質問というより、むしろ、保険者に対する追及の感じであった。

@ 委員:「本件について、病状の変化について主治医に照会したのはなぜですか。」、保険者代表:「来社時に、杖もなく普通に歩いているように見えたからです。」。
A 委員:「退職後のケースでは、全ての場合にこのような症状照会をしているのですか。」、保険者代表:「いいえ。」。
B 委員:「平成31年4月以降の病状について、主治医に照会をしていますか。」、保険者代表:「照会はしていません。」。
C 委員:「3者択一の医師への照会状は、一般的に使用している様式ですか。それとも、本件申立て人用に独自に作ったものですか。」、保険者代表:「研修で使用したサンプルを加工したものです。」等々のやり取りが続いた。

私が、当初、この事件は、逆転は無理!? と懸念したのは、資料に「療養を担当した医師が本人の訴えにより労務不能とした為」との表現があったからである。

しかし、よくよく調べてみると、主治医は、そのような判断をしていないのである。結論から言うと、「重作業は不能であるが、軽作業ならできる」という医学的判断である。

その事実が、「療養を担当した医師が本人の訴えにより労務不能とした」と変わってしまったのは、三者択一の照会状に、一番近い状況に〇を付したからである。

これに対して、私は、医師が錯誤した誘導に相当すると主張し、保険者は、自由記載欄があるので、誘導に該当しないと主張したのである。

これを問題ありと見た委員が、上記Cの的確な質問をしたのである。

本件の争点は2つで、一つは、主治医の診断書の記載が本人の訴えのみに基づくものかどうか、であり、今一つは、軽作業なら就労可能な場合に、既に退職し、職務変更ができない場合にも就労可能と判断して良いのかどうかの問題であった。

実は、後者の解釈については、既に定着した判断が通知として出ていた(末尾(参照)参考)のであるが、私はこの点について、それを知らないので、推論において主張したが、これを承知している社会保険審査会は、専ら前者の事実関係等について審理したのである。


このような事情で、当初困難に思えた事件も無事解決したが、後始末もある。

裁決書が届いたのが、2月1日(土)、保険者は、その後6カ月以内に提訴もできるのである。

そこで、実務上、公開審理参加の効果が現れる。保険者は3人の代理人が参加したが、私は、3人ともが提訴は無理と判断していると分かった(公開審理に参加していなければ、これは分からない)ので、2月6日(水)に保険者の担当者に電話したのである。

未払い分は、本人が審査請求した平成30年12月分〜平成31年3月分と支給申請書提出済みの平成31年4月分、及び未申請の令和元年5月分〜令和元年6月分である。

この後の対処について、担当者に打診したところ、既に支給申請書が出されている平成31年4月分までは、次回支給日の3月19日(木)に一括支払いを予定しているとのことであった。

未申請の2カ月分については、申請書は、1枚で構わないので、医師の診断書と共に提出してもらえば、次回支払日に間に合えば、全て同日に支払っていただけるとの回答であった。

社会保険審査会は、私の主張と下記参考の解釈は、相当かつ合理的なものということができると判断した。

公開審理出席のメリットは、請求容認のみならず、後処理の円滑化にも役立つのである。

(参考)
法第99条1項「療養のため労務に服することができないとき」(労務不能)の解釈運用について 平成15年2月25日 保発第0225007号

「被保険者がその本来の職場における労務に就くことが不可能な場合であっても、現に職場転換その他の措置により労務可能な程度の他の比較的軽微な労務に服し、それによって相当額の報酬を得ているような場合は、労務不能に該当しないものであるが、本来の職場における労務に対する代替的性格をもたない副業ないし内職等の労務に従事したり、あるいは傷病手当金の支給があるまでの間、一時的に軽微な他の労務に服することにより、賃金を得るような場合その他これらに準ずる場合には、通常なお、労務不能に該当するものであること。」
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 19:29| Comment(0) | 13 社会・仕組み

2020年02月01日

裁判所は、なぜ入口論においてまで国の味方をするのか ―障害年金支分権消滅時効に係る異議申立て却下事件について―


令和2年1月15日、名古屋地裁岡崎支部において、単独制の裁判ではあるが、標記について、明らかに国に味方した棄却判決が下された。想定の範囲内のことではあるが、残念なことである。これはあってはならないことであるので、最高裁まで争い逆転させる。

理由は、争点のすり替えと、一般論としていえることを事案の異なる本件に当て嵌めたことである。

これは、裁判の体をなさない余りに酷い判決であるので、後日、これに対する控訴理由書(案)を何回かに分けて公開することにする。

本日は、この誤判決の概要を紹介する。

この裁判では、裁定の内容としてなされた年金決定通知書への「付記」の行為、詰まり、「裁定とは、切っても切り離せない、年金決定通知書に同時不可分一体として一件の例外もなくなされた時効消滅した旨の付記の行為」の行政処分性を問題としたのですが、それを、「本件通知」と定義してまで、別の物として、単なる事実行為であるから、行政不服審査法の対象とはならないと判示したのです。

本件年金支分権の消滅時効については、「裁決例による社会保険法」を著し、年金支分権の消滅時効については第一級の見識をお持ちの加茂紀久男氏が、支分権時効問題も不服申立ての対象となると判断しているのは、本件「付記」を裁定の内容と考えているからです。

にも拘らず、この判決は、「会計法31条1項後段により、その消滅時効については時効の援用を要せず、また、時効の利益を放棄することもできず、時効消滅の効果は絶対的に生じるものとされていた。」との前提事実(当事者間に争いがないか当裁判所に顕著な事実)を置いて、棄却したのです。これは、時効が完成してる場合に初めていえることですので、この手法は、論理法則にも経験則にも反し、基本からして誤っています。

時効の援用は、どんな場合であっても、消滅時効が完成して初めて問題になる事柄であり、未だ時効消滅していない本件異議申立て事件、又は、時効消滅していないと主張している「本件異議申立て」については、「援用を要せず」の規定は、全く関係しない。従って、本件支分権は、会計法が適用されるからといって、順次自動的に消滅し、その効果が絶対的に生じることは絶対にあり得ない。

ここまで無理をして国を勝たせる必要はどこにあるのだろう。瀬木比呂志教授がいうように、最高裁や最高裁事務総局の意向を忖度してのことだとしたら、それは本件を担当した裁判官の思い違いである。

本題について国を勝たせることは、国にとって有利な側面はあるが、入口論について国を勝たせても百害あって一利なしである。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 15:47| Comment(0) | 13 社会・仕組み