2018年07月28日

上告受理申立理由書(草案)


(第3までは共通)

第4 原審の違法と民訴法第318条との関係について
 原審の違法は多岐にわたるが、本件上告受理申立ては、民訴法第318条1項に基づいているので、以下で、原審の違法と民訴法の関係条文の内容との関係を述べる。
以下1〜3において民訴法第318条との関係を詳述する。このいずれの一つに該当しても、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」となるので、本件上告受理申立てを受付けいただきたい。
1 原審に最高裁判例と相反する判断があることについて
最高裁は、「単に権利行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できることをも必要とするのが相当である」(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第3小法廷判決・民集50巻3号383頁)としている。
ところが、精神の障害においては、縷々述べてきたように、裁定請求時には裁定請求が受理されたとしても、初診日証明を含む裁定という法定条件が未成就であり、受給の有無及び障害等級は誰にも分からないのであるから、権利行使が現実に期待できず、原審は上記の最高裁判例に相反する判断であった。
2 「最高裁判例がない場合にあっては、控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断がある事件」について
 原審の判断は、平成24年4月20日付け名古屋高裁判決(甲4)の判断に反する。原審は、事案の異なる平成29年最高裁判例を適用して、規定の明確性等を挙げ、裁定は確認行為にすぎず、かつ裁定をすれば支給を受けられるのであるから、法36条所定の支払期が到来した時から消滅時効が進行するものと解するのが相当とする。
 しかし、相手方の適用した平成29年最高裁判例は、本件精神の障害の事件とは事案の異なる身体(左下腿切断)の障害の事件であり、本件に係る判例とはいえない。
その点、甲4は、本件と同じ精神障害の事案であり、保険事故の有無や時期・程度の客観性は、既述(第3の1(2)イA、及びB)のとおり身体(左下腿切断)の障害とは大きな違いがある。
原審の具体的判決理由では、@既定の明確性、A裁定の裁量権、B裁定請求の裁定への必然性(確認行為にすぎない)、C確認資料の存在性、及びD事実上の障害説(見方を変えれば、法律上の障害説)について、申立人の主張と全く反対の見解を判示している。
 その最も大きな根拠として、平成29年最高裁判例を吟味なく適用しているが、この事案は、身体の障害に係る事案であり、本件障害年金の諸事情とは主要な要素において、正反対といっていいほどの違いがある。原審は、単に裁定を規定する条文が、老齢年金においても障害年金においても同じ条文であることをもって、「別異に解する理由はない」と判事したが、実体はそのような簡単なものではない。(現に、福岡高裁はその違いを認めている、脚注参照)
 この誤用については、老齢年金においては、裁量権が発揮されていないことにあるように思われるが、この条文に基づけば、本来、老齢年金においても立法政策上裁量権はあるのだが、老齢年金においては、その権限を行使する必要がなく、発揮されていないだけのことである。
 甲4それ自体の重みについては、最高裁において上告受理申立てを受付けしない旨の決定までに、約2年弱を要しており、3か月や半年とは、わけが違う。その間に相手方からは、法解釈違反に関して、意見書を2通、反論書等を3通提出している。この主張内容に矛盾があれば、異なった結論となっていたはずだから、この保険者国(申立人)からの上告受理申立てを受付けなかったのは、内容を十分検討した結果であると思われる。
 本件は、甲4の事件と類似した精神の障害に係る事案であり、原審の説示内容は、それとは主要な要素を異にする身体(左下腿切断)の障害に係る事案である平成29年最高裁判例を適用したもので誤った判断をしている。
3 「その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」について
 以下の6項目は、いずれも原審における事項である。以下で述べる(1)ないし(6)のいずれの事実も、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」といい得る。そして、このうちの一つでも成り立てば、結論は逆転する関係にあるが、全てに成り立つ。
(1) 原審の判断は最高裁判所判例解説(甲7)の見解に反すること
 原審は、本件裁定を単なる確認行為で、裁量権が全くない旨判示 する。しかし、甲7では、裁量権がないのは当然発生型の立法政策であり、国年法16条(厚年法36条に相当)の裁定は、確認行為型の立法政策に基づく処分であり、既に存在する権利に影響を与えることができるほどの裁量権がある旨説示している。加えて、「社会保険関係給付の受給権が実体法上いつどのようにして発生するかは、その性質から当然導き出されるものではなく、結局、立法政策により決せられるものである。現行制度は、次の三類型に分類することができる。」(甲7、939頁左から3列目)と本件の時効の取扱いが確認行為型の立法政策によるもので、これには既に存在する権利に影響を与えることができるほどの裁量権のある旨が述べられている。
そして、この説示は、紛れもない真実で、実務運用ともフィットしているが、原審はこれに反する誤った判決を下した。
(2) 原審の判断は法務省実務研究会の見解(甲5)に反すること
 甲5は、年金法上の支払期月を、裁定前のものと裁定後のものを区分し、裁定前のものについては、裁定前に支払期が到来したものについては、「裁定時(ただし、初日不算入)が起算日となる。」と明記している。
 ところが、原審は、これとは全く正反対の判決をしている。
なお、この研究会の権威等については、平成30年2月1日付け控訴理由書第3の1(2)ア及びイを引用する。
(3) 原審の判断は社会保険審査会審査長経験者の見解に反すること
 元社会保険審査会審査長の加茂紀久男氏は、「しかし、裁定の法律的性質は確認処分であると解されているにせよ、受給権の行使には必ず裁定を経なければならないとされているところからみれば、裁定がないうちに年金の支分権の時効期間が進行を開始するとは考えられない。」(甲第10号証、71頁9行目)と述べている。
 この著者は、裁判官としても経験も豊富で、社会保険審査会の審査長も経験され、消滅時効についても幅広く、深い知識と洞察力をお持ちの方である。
 長年この問題に取り組んでこられた加茂紀久男氏でさえ、国を勝たせるためには、「特別の行政措置」論を持ち出さないと国を勝たせることができなかった(甲第10号証及び甲第11号証)のである。貴庁におかれましては、申立人の主張を「独自の見解」と片付けることなく、十分にご検討いただきたい。
 ところが原審は、裁定前の支分権の時効進行について、この見解と反対の誤った判決を下した。
(4) 原審の判断は我が国最上級の学者の見解に反すること
年金法そのもの等が厚年法36条の規定は、条文のタイトルでは、(年金の支払期間及び支払期月)とし、逐条解説の(趣旨)では、「年金の支払期間及び支払期月について規定したもの」であると明記されている。
我が国最上級の学者が、期限の定めのある債権の民法第166条第1項の「権利を行使することができる時」は、「期限の到来時である」旨を説き、かつ法定条件は条件の規定が類推適用される旨を説いているが、原審は、これらに反し誤った判決を下した。
(5) 原審は支分権の問題を基本権の問題に理由なく置き替えていること
 本件は、支分権の消滅時効の成否の問題である。平成7年最高裁判例については、規定が明確で、裁定請求さえすれば100%受給権に結び付くので、これを置き替えるべき理由がある。平成29年最高裁判例についても、弁論の経過からすると、同様の理由で、この置き替えが可能といえる。
 ところが、原審は、精神の障害であるので、上記理由による置き替えはできない。にも拘らず、本件について老齢年金との違いを認めず「別異に解する理由はない」として、基本権の問題を支分権の問題に置き替えている。
 しかし、本件精神の障害については、裁定請求の時点では、受給の有無すら分からないのであるから、原審の前提条件は成り立たず、これを置き替えた原審には誤った判断がある。
最高裁は、「単に権利行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できることをも必要とするのが相当である」(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第3小法廷判決・民集50巻3号383頁)としているが、精神の障害については、裁定請求時には権利行使が現実に期待できない。
(6) 原審の判断に従えば時効中断の方法がなくても消滅時効が進行することになってしまうこと
 障害年金においては、初診日証明等の関係(本書第3の1(1)ア)で、受給権者が障害年金の受給権がありそうだと感じていても、初診日証明ができない時点では裁定請求もできない。そうかといって、ほかに時効を中断する現実的手段は全くないのであるから、原審に従えば、時効中断のできない債権の消滅時効がどんどん進行し、完成してしまうという不合理が生じてしまう。
 このようなことは、法の世界では絶対に許されることではないので、原審は誤った判断をしている。

第5 結語
 上記第4の2(6)のような不合理は、あってはならないことであるので、精神障害者の惨状に目を向け、平成29年最高裁判例を修正していただきたい。
本件については、平成7年最高裁判例及平成29年最高裁判例が判決の前提としている条件が成り立たないのである。規定の明確性、裁定の必然性、及び法36条所定の支払期の到来性の一つをも満たさない。

 原審の誤りは、法律上の障害の代表格とされている「条件未成就」及び「期限未到来」のいずれの条件も満たさない本件の支分権を時効消滅させているところにある。これは、裁判所の判断としては到底認められるものではない。
一方、社会的妥当性の面については、上告人はこの障害のため20年以上も辛苦を重ねてきた者であり、片や被上告人は福祉行政を担う国である。その国が、本来時効消滅していない障害年金を支給せず利得してしまうなどということは、到底許されることではない。
 徹底的に議論する機会を与えてくださり、その上での公平・公正なご判断を切望している。
以上

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2018年07月21日

上告理由書(草案)分割 A


第4 原審の違法と民訴法との関係について
 原審の違法は多岐にわたるが、本件上告は、直接的には民訴法第312条第2項第6号に基づいているので、以下で、原審の手続法違反の事由のうち瑕疵の重大な事項と上記第3の違法について、民訴法関係条文との関係を述べる。
 上記の第6号の事由は、判決理由の不備(判決に理由を付せず、又は食違いがあること)をいう。
 これは、主文を導き出すための理由について、その全部若しくは一部が欠けていること、又は食違いがあることをいう。
一般的に、一番分かり易い食違いは、原審自体の前言との矛盾であるが、本件では、上記第3で示したように、攻撃と防御(原審の説示は防御ではないが、原審の説示は被上告人の主張を全面的に認めていたので、ここでは防御と表現した)がしっかりと噛み合っておらず、原審の理由が上告人の主張内容に直接応えていないものもあり、それを指摘し辛い。
また、理由の有無についても、原審は、控訴人の主張が「独自の見解」であることを判示するのみであるので、これでは理由とはいえない。
従って、下記の3点は、重大な理由不備に該当するので、理由の欠如並びに重要な食違い、及び見当違いの理由を「理由を付せず」と解し、判決への影響をできるだけ具体的に述べる。
1 障害年金の裁定に裁量権があれば主文は導けないことについて
原審は、精神障害の場合の裁定にも老齢年金同様裁量権はないと判示 した。しかし、上告人は、真実を述べかつ実務運用とも整合する証拠(甲7)を示して、これを引用し、確認行為型の裁定には裁量権があると主張している。
 上告人の引用した証拠は、これ以上確かなものはないと評価できる本件に係る最高裁判所判例解説(甲第7号証、939頁〜941頁)である。この説示は、論理的にも運用上も正しい内容が述べられている。
 ところが、原審は、被控訴人の主張とは真っ向対立するこの見解に対して、被控訴人の主張に軍配を挙げたのであるが、上告人の挙げた証拠の述べる内容を否定はしなかった。これを否定しなければ主文は導けないので、これは正しく理由不備である。
この書証は、今さら上告人がいうまでもなく、余りにも重要なものであり、権威あるものであるので、原審が別の判断をしたということは、これを否定したということだというような曖昧な態度は許されるものではないので、否定のないことは、理由を付せずに該当する。
 本件裁量権の有無によって、判決は正反対になる事柄であり、この書証は、通常、誤りは発見し辛い最高裁判所判例解説であるので、原審の判断が正しいとするのであれば、本件の場合には、少なくとも、この証拠の述べる部分の、どこがどのように誤っているのかを示さなければ、民訴法上の判決理由とはいい難い。
上告人の主張している内容はこの重要な最高裁判所判例解説(甲7、939頁〜941頁)と同じ趣旨であるので、これを否定しない限り、主文は導き出せない。甲7は、正しいことを述べているので、原審裁判官は否定できなかったものと思われる。
 なお、善意に解釈すれば、「受給権の発生要件が確認の対象であること、及び初診日及び障害の状態が確認されない事例があるとしても裁定に裁量権はない」とした部分が、具体的な判決理由と取れないこともないが、これは、控訴人の主張に的確に対応しておらず、上告人の挙げた証拠の述べる内容を否定もしていない。本件については、甲7の説示を否定しない限り、原審の説示が正しいとはいえない。
 もう少し具体的に精神の障害の障害認定に係る裁量権について考察する。精神の障害については、障害認定基準(参考1)のほかに、ガイドライン(甲6)が設けられている。これには障害等級の目安[表1]が掲げられているが、なおかつ、《留意事項》には、「障害等級の目安は、総合評価の参考とするが、個々の等級認定は診断書等に記載される他の要素も含めて総合的に評価されるものである」旨の記載がある。
 度重なる総合評価による障害等級認定を「裁量」といわずして、何を「裁量」というのか。裁判所により、なおかつ、裁定の裁量権を否定されるのであれば、国語の意味についても裁判で争わねばならなくなってしまう。
 偶然のことであるが、上告人が引用した最高裁判所判例解説(甲7)は、本件控訴審の川神裕裁判長が最高裁判所の調査官時代に書かれたものである。原審を確定するのに、同氏だけが反対意見を述べ、右陪審や左陪審の裁判官がその反対意見に同意しなかったなどということは考えられず、全員一致での判決であると思われるので、その点でも裁判長自らの過去の信条とも食違いを生じている。
2 裁定が支分権発生の法定条件であること(判決3頁4行目)を否定していないことについて
 上告人は、上記表題の法定条件の議論の前提として、条件未成就の債権が時効進行し、時効が完成することはない旨主張している。そして、それは法律家の誰もが認める絶対的な真実(民訴法第179条にいう顕著な事実)である。
続いて、初診日証明を含む障害年金の裁定は、法定条件であり(原審のいうように「と解釈できる)ではない)、法定条件は条件の規定が類推適用される(第3の2(4)ア、13頁1行目)ものであると、確かな書証(甲第23号証)を提出して主張しているのである。このことも、我が国最上級の民法学者が公にしている基本的なところであるので、これを否定しなければ主文は逆転するが、原審は、これを否定していない。
加えて、原審は、権利行使には。現実的期待可能性が必要であることを認めている。判決では、「…、裁定の請求をしさえすれば、法律の定めるところに従った内容の裁定を受けて支分権を行使することができることとなるのであるから、…」(5頁1行目)及び「民法166条1項にいう「権利を行使することができる時」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上その権利行使が現実に期待できるものであることも必要であると解するのが相当である」(5頁下から9行目)との説示であるので、原審は、上告人の主張した「権利行使の現実的行使可能性」(平成29年5月22日付け準備書面(1)5頁2行目〜8頁4行目)を否定していない。
仮に上記の「権利行使の現実的行使可能性」を否定していたとしても、これに関しては、「単に権利行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できることをも必要とするのが相当である」(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第3小法廷判決・民集50巻3号383頁)旨の最高裁判例があるので、これは無視できない。
そうすると、法定条件は条件の規定が類推適用されるので、その法定条件である裁定が、裁定前の状態では法律上の障害となり、原審の説示は、論理法則にも経験則にも反することとなる。
従って、原審の理由は、民訴法上の理由を付したとはいえない。
3 支払期月の解釈誤りを検討もしていなかったことについて
 本件第一審は、上告人が重要な点であると主張している法36条の3項ただし書の規定について、関連法令にも挙げていない。この点原審は、第一審を引用しているので、原審も同様である。
本件について、正しい支払期月の解釈は、最も重要な点である。この点、期限の未到来は、最も一般的な法律上の障碍である。これも上記1同様、絶対的な真実(顕著な事実)である。
しかし、原審はこれに理由を付さないだけではなく、重要な事項であるとの認識もしていなかった。
 関連法令として、一部を掲載しながら、ただし書を記載しなかったのであるから、これについて検討もしていなかったことは明らかであり、これを認識すれば判決は逆転するところ、認識もせず、当然に理由も付さなかった。これが「理由を付せず」に該当することは、説明を要しない。
4 厚生労働省発表の顕著な事実との食違いについて
 本件障害年金の障害等級認定においては、障害基礎年金についてではあるが、厚生労働省(以下「厚労省」という)が障害等級認定に地域差があり、平成22年度〜平成24年度平均で12.5%の不支給のあったこと、及びその格差は最大6倍強に達していたことを平成27年1月14日に公表(参考10)している。
 厚労省が、上記の地域格差等を認定医による判断の相違を原因と認め、平成29年4月から、障害基礎年金においても東京の障害年金センターが一元的に審査決定することに改善した事実からも、原審のいう「裁定に裁量権はない」との判断は、これらの顕著な事実に反する。
 これには、後日談があり、平成30年7月4日(水)、一元的審査により、障害年金の打ち切り問題が発生してしまった。これについて、全国心臓病の子どもを守る会が、厚労省と折衝をしており、厚労省が一定の回答を出し、これについて厚生労働大臣が国会(厚生労働委員会)で答弁をしている(参考10の1、本文4行目、参考11の2、本文1行目)。従って、厚生労働大臣及び事務方も裁定に裁量権のあることを認識していることに間違いはない。
従って、原審の判断は上記の顕著な事実と食い違っている。
5 採証法則違背について
 本件の特徴は、争点が法律的な解釈の正否であるところにある。そして、その中心的なテーマは、判決を正反対にするほどの影響力を持つ、「障害年金における裁定の裁量権の有無」、「裁定の法定条件該当性」、及び「年金法の定める支払期月の期限の定めの有無」である。
 これらについて上告人の挙げた証拠は、判決を逆転させるほど重大なものである。民訴法第247条の自由心証主義には、一定の合理的な限界がある。本来は、提出された証拠価値の大小を考慮しながら適切に評価して合理的に心証を得るべきところ、証拠価値が高いはずのもの(甲7)を適切に評価せず、逆に、証拠価値が決定的に高いものでないもの(事案の異なる今回最高裁判例)を過大評価したのは、心証の採り方として不合理である。

第5 御庁が内簡による運用を認めることは、実質的には司法による立法権の侵害に当たること 
 以上のとおり、法律的解釈に従えば、原判決は違法であり、本件支分権は時効消滅していない。
 基本権の消滅時効の援用をしないことは、国民の権利を制限するものではなく、行政の判断で特別な行政措置として許されることである。しかし、その逆の場合は、詰まり、既に具体化した個人の権利を制限するような支分権の支給を、裁定請求時を基準に遡及5年間に制限するような場合(内簡(甲1)による運用)は、立法の手続きなくしてでき得ない。
このような行政当局の違法を最高裁が許していたら、不合理な運用は永久に正されることはなく、司法による立法権の侵害が限りなく続くこととなってしまう。

第6 本件の不具合は、司法機関においては、最高裁以外に修正できないことについて
 本件第一審の受任弁護士も、他の多くの弁護士も、例え、身体(左下腿切断)の障害といえども、今回最高裁判例が出てしまった以上、裁定前に支分権の時効が進行し得ることを最高裁が判断したことには変わりないので、下級審の裁判官にこれに反する判決を求めることは不可能に近い旨認識している。
 そして、現実に、それ以降の類似裁判では、窓口での明らかな取扱い誤り等特段の事情のある事案を除き、少なくとも4件以上が、今回最高裁判例と同様の判決理由で下されている。
 しかし、これは縷々述べてきたように法律解釈を根本から誤った判決であり、経済的な事情により、上告を断念したケースもあり、気の毒な状況となっている。
これを機に貴庁のお力であるべき姿に修正をしていただきたい。
甲第4号証判決の上告受理申立て事件である平成26年(行ヒ)第259号の決定後、厚労省では、従来の運用を改正すべきかどうかの検討のための会議を開いた。しかし、この会議の結論は、平成24年4月20日付け名古屋高裁の判決は間違っており、最高裁が認めたのは、民法第158条1項の類推解釈等についてであり、法解釈誤りの部分ではないとの結論で、運用改正をしなかった。
 ところが、この運用は、法解釈の根本部分からして間違っていた。矛盾だらけであり、不合理が甚だしい。今回最高裁判例を事案の異なる精神の障害についてまで適用することは、あるべき姿ではなく、社会的な影響も含め実害も大きいので、判例変更を要する。ご英断を期待する。
 なお、平成26年(行ヒ)第259号の決定までには、約2年間を要しており、3か月や半年とは、わけが違う。その間に相手方からは、法解釈違反に関して、意見書を2通、反論書等を3通提出している。この主張内容に矛盾があれば、異なった結論となっていたはずだから、この保険者国からの上告受理申立てを受け付けなかったのは、内容を十分検討した結果であると思われる。
本項に関しては、分類の仕方によって差は生じるが、原審には大綱以下のような弁解し難い重大な法解釈誤りがある。重複を避けるため詳述は割愛するが、上告人の主張に従えば、これらの矛盾は、全て一挙に解決する。
 基本権と支分権を混同していること及び障害年金ではその混同が許されるべき理由がないこと
 確認行為型の行政処分(裁定)を当然発生型のそれと混同していること。これは、日常業務の裁定の業務にも影響している
 年金法の支払期月の規定を期限の定めのない債権として取り扱っていること
 障害年金の裁定が法定条件であることを無視していること
 未だ消滅時効が完成していない時点で、完成後初めて適用できる会計法第31条後段(援用を要せず)の規定を適用していること
 時効中断の機会もない債権を時効消滅させていること

第7 結語
原審を正しいこととすれば、少なくとも精神の障害においては、現実の問題として、裁定請求もできず、時効中断もできない状態において、障害年金の支分権の進行と完成を認めることになってしまう。
これは、あってはならないことであるので、精神障害者の惨状に目を向け、今回最高裁判例を修正していただきたい。
本件については、著明最高裁判例及今回最高裁判例が判決の前提としている条件が成り立たないのである。規定の明確性、裁定の必然性、及び法36条所定の支払期の到来性の一つをも満たさない。
具体的には、原審では、「確認行為型」の裁定を、「当然発生型」の裁定として判決を下しており、これが、正しい解釈である「確認行為型」と認識されておれば、裁定には既に存在する権利に影響を及ぼすことができる裁量権があることになるので、主文を導き出す理由に食違いが生じているから結論は逆転する。
一方、社会的妥当性の面については、上告人はこの障害のため20年以上も辛苦を重ねてきた者であり、片や被上告人は福祉行政を担う国である。その国が、本来時効消滅していない障害年金を支給せず利得してしまうなどということは、到底許されることではない。
この誤った現在の運用が続けられることで、同じく国の機関である下級裁判所では、国に忖度した不公平な判決が出されており、裁判所への信頼や権威を著しく低下させている。3権分立とはいうものの、下級裁判所が同じ国の機関の味方をするのは、やむをえないこととして、それは国民の目に留まらない範囲で行う必要がある。
御庁に置かれましては、第5及び第6で述べた由々しき事態を法律的解釈において解消していただきたい。
以上

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2018年07月14日

上告理由書(草案)分割 @


平成30年(行サ)第91号 行政上告提起事件
上告人  井原 毅士生
被上告人 国
(個人情報については、ご本人の意向もあり生データです。直接お聞きになりたいことがあれば、電話、FAX等も受付けされます。)

上告理由書(草案)



平成30年7月28日

最高裁判所 御中

住所 〒590-0013 大阪府堺市南区晴美台4丁 1−11−1102
上告人兼申立人  井原 毅士生 ㊞
電話番号 072−295−7060
携帯番号 090−8466−7695


送達場所  471-0041 愛知県豊田市汐見町 4ー74ー2
 木戸 義明


(第3までの論旨は、上告受理申立て理由書と共通,
自動作成の目次はうまく貼り付けできなかったので割愛しました)

第1 事件の概要
1 本事件の概要及び原審までの経緯

 本事件の概要及び原審までの経緯は、概ね、「原審第2 事案の概要等」に記載されたとおりである。
2 原審の判断
原審の判断は、第一審の判断を踏襲し誤っており、過去の類似事件の高等裁判所の判断に反し、申立人が控訴審で加えた主張については、概ね理由を述べているが、控訴人の主張を正確に把握していないまま理由を述べ、重要な、基本的事項につき事実認定に経験則違反、並びに事実認定等の理由に食違い(理由の不備、及び理由の齟齬)、及び理由の欠落があるので、直ちに、上告状兼上告受理申立書を提出したものである。

第2 原審判決の概要
以下に原審の概要を記すが、斜線部に誤判断の根本原因としての問題がある。以下に誤判断の要点を挙げる。
なお、争点2については、詳述を割愛する。なぜならば、争点2に係る原審の棄却理由は、「裁定請求時には既に時効消滅している」ことを前提としているので、実際は、時効消滅していなければ、それが覆るからである。
1 裁定の法的性質、裁量権、及び年金の種類による違い(原審第3の2(1))」について
上記について、原審判決は、第一審判決を引用して、受給要件等につき年金法の規定が明確に設けられていること及び裁定は確認行為にすぎないことに鑑みると、裁定を経ていない支分権もその支給事由が生じた日の属する月の翌月から支給を始めるべきものとして、支分権が順次潜在的抽象的に発生するものと観念できる。
そして、裁定を受けさえすれば、その支分権を行使できるところ、裁定請求をするかどうかは専ら受給権者の意思にゆだねられていると被控訴人の主張を認めた判断をした。
従って、本件支分権は、厚生年金保険法36条所定の支払期が到来した時から進行すると解するのが相当であると判示した。
控訴人は、裁定の法的性質等について、理由を挙げて、障害年金と老齢年金の違いについて説明、主張しているが、原審は、「別異に解する理由はない」と判示し、その理由として、「受給権の発生要件が社会保険庁長官による確認の対象になっており、その判断に裁量がないということに変わりはなく、裁定請求者が主張した初診日及び障害の状態が社会保険庁長官によりそのとおり確認されない事例があるとしても、それは確認できるだけの資料がなかったというだけのことであって、社会保険庁長官による裁定の法的性質が老齢年金の裁定請求の場合や精神以外の理由による障害年金の場合と異なることになるわけではない。」と判示した。
2 「知った時から起算:改正法の考え方(原審第3の2(2))」の正当性の否定について
控訴人の主張するところのものは、事実上の障害であって、法律上の障害ではないし、そのことにより権利の性質上その権利行使が現実に期待できないというものでもないから、消滅時効期間の進行が妨げられるものではない。
なお、控訴人の主張する改正民法によっても、同項2号に該当する場合は、時効消滅するものとしていることは明らかであるから、同項1号の規定から控訴人の主張の正当性が裏付けられるわけではない。
3 「権利行使の妨害が信義則違反(原審第3の2(3))」であることについて
本件裁定請求の時点で本件不支給部分は既に時効消滅しているから、控訴人の主張する回答や通知により控訴人の権利行使は何ら妨げられていない。
4 「年金法の受給権保護規定違反は信義則に反する(原審第3の2(4))」ことについて
この規定は差し押さえること等を禁止しているだけで、会計法30条及び31条の規定の適用を排除していないから、年金の受給権が重要な権利であるというだけで、信義則違反とはならない。
5 「年金法や重要な基本法及び内部通知に反する主張の信義則違反性(原審第3の2(5))」について
控訴人の挙げる関係条文等の規定が、厚生年金保険法36条所定の支払期が到来した時から進行することを否定していると解すべき理由は見当たらない。
「…法定代理人が選定されてから6か月間は消滅時効が完成しない旨を述べるものであり」、控訴人の上記主張は採用することができない。
(判決文の「前記第2の3(2)ウ」(6頁下から2行目)は、「前記第2の3(3)ウ」の誤記と思われる。)
6 「精神の障害で病識もない場合が事実上の障害か(原審第3の2(6))」について
「障害年金の受給は当該傷病について医師の診察を受けていることが前提とされているのであるから、裁定請求者が当該傷病にあることを認識しているのが通常のことである」等のため、事実上の障害である。

第3 原審の違法と主な矛盾点について
一口でいって、本書第2の1で示した原審の判示内容は、老齢年金についていえることで、障害年金については、原審判示の結論は成り立たず、潜在的抽象的に観念することもできない。従って、法36条所定の支払期(原則的な支払期月)が到来した時から進行を開始するともいえない。
上告人は、障害年金においては、少なくとも、本書第2の本項該当部分の下線部の判示が判決理由としては食違が生じているので、それをできるだけ控訴審までの主張と重ならないように証明する。
1 本書第2の1(裁定の法的性質等)について
原審には、多数の違法がある。これについて、原審は、問題の根幹部分については第一審判決を引用している。控訴審により付け加えられた主張以外の部分については、「第一審判決の『事実及び理由』欄の『第3 当裁判所の判断』に記載のとおり」(4頁14行目)であるから、これを引用するとする。
この第一審の判決では、最高裁平成3年(行ツ)第212号同7年11月7日第三小法廷判決(以下「著明最高裁判例」という)の判決文、及び最高裁平成29年(行ヒ)第44号同年10月17日第三小法廷判決(以下「今回最高裁判例」という)の判決文を適用し、本件支分権の消滅時効は、「厚生年金保険法36条所定の支払期が到来した時から進行するものと解するのが相当である」と判示する。
上告理由上の問題は、上告人が訴状で主張した内容を、的確な理由を示さず「独自の見解」であり、採用することができないとしたところにある。
長年政府が正しいこととしてやってきたことに異を唱えれば、独自の見解にならざるを得ず、この場合のこの言葉の意味するところのものは、一般に判決文で多用されている「独自の見解」とは内容が異なる。
従って、原審の説示は、障害年金においては、食違いが生じており、主文を導き出す理由となっていなかったので、これを第3以降で証明する。
(1)「法の規定が明確に設けられている」について
原審の引用する第一審判決では、「…法に明確な規定が設けられており、…」(第一審判決6頁11行目)と判示する。
障害年金について、この明確性を「明確性あり」と認めるのには、関係規定によって、受給権の有無や、障害等級が少なくとも裁定請求の時には分かる内容でなければならない。なぜなら、それを満たさなければ、基本権に対する権利不行使を支分権に対する権利不行使とみなせる理由がなくなるからである。
原審の引用する著明最高裁判例の記述は正しいことを述べており、これは、通算老齢年金に係る部分の記述であるので、老齢年金一般に関してはいえることである。しかし、本件精神の障害に係る障害年金については、法の関係条文の内容も運用規定の内容も老齢年金とは全く異なる(42条vs47条、障害認定基準(参考1)、精神の障害に係る等級判定ガイドライン(甲6))。
そして、基本権に対する権利不行使を支分権に対する権利不行使とするためには、受給権の有無や、障害等級が少なくとも裁定請求の時には分かる内容になっている必要があるが、障害年金の場合はそのようになっていない。
これを重要な部分について、日本年金機構の発行する「障害基礎年金お手続きガイド」(参考2)により老齢年金には存在しない障害年金特有の仕組みについて説明する。この資料は、「障害基礎年金」とされているが、以下で述べる事項に関しては障害厚生年金においても変わりない。
ア 初診日証明について
障害年金を請求するには、受給権者が医証を提出して初診日を証明する義務が課されている。初診日は単純ではなく、初診日の特定も困難な場合もある。相当因果関係のある傷病に関して、それより以前に医師の受診があれば、前へ前へと初診日は変わっていく(参考2、9頁〜10頁)。また、カルテがなかったり、病院が廃業していたりして初診日証明をいただけないこともある。
1例を示す。少なくとも12以上の医療機関を受診して病名と原因を必死で探したが結果が得られず、資料(参考3)の13番目に受診した古町心療クリニックの村竹辰之院長によって、初めて病名が「特定不能の広汎性発達障害(F84)」と特定された例である。それも経過等を観察し、約2年後の判断である。
病名も原因も明らかにならない内に裁定請求はできない。初診日も分からないのである。本件についても、某大学病院の精神科にかかっていたので、精神科から診断書を徴したが、結果、その科の初診日ではなく、同大学病院の耳鼻科での受診が相当因果関係がある傷病とみなされ、同科の初診日が、障害年金請求上の初診日と確定した。
イ 障害認定日について
障害認定日についても、今回最高裁判例のような身体(左下腿切断)の障害の場合であれば、参考2、4頁のように明確であるが、精神の障害の場合は、このような明確な決まりがないので、ほとんどの場合、初診日から1年半経過日とされている。
しかし、前述は一例であるが、初診日さえ特定できない場合も多くあるので、その場合は、障害認定日も特定できないことになる。
ウ 規定の明確性について
初診日や障害認定日が決まらなければ、その後のことは、一歩も進まず、裁定がされることはない。原審に従えば、それでも支分権の消滅時効が進行し、完成することになってしまう。
 原審のいう規定の明確とは、規定に従えば、裁量の余地はなく必ず裁定されることを意味しているが、その点、障害年金の規定は、明確に設けられているとはいえない。
(2) 「裁定は、…確認するものにすぎない」について
ア 最高裁判決自体の正当性と判例としての評価は異なることについて
上記の判示(第一審判決6頁11行目)部分は、著明最高裁判例の通算老齢年金に関する部分の記述であり、今回最高裁判例は、保険事故及び裁定の性質・機能・効果については、老齢年金と酷似した部分があるので、弁論主義の現実を考えれば、今回最高裁判例自体の判決理由に判断の誤りはあったとはいえない。
しかし、事案の異なる精神の障害については、この判例を適用できるだけの実体(規定の明確性及び裁定の確実性)がない。今回最高裁判例が出されて以降、ほとんどの下級審がこれを適用して、誤った多くの判決を出している現実を見逃すわけにはいかない。多くの悲惨な問題を発生させている現実を一刻も早く修正する必要がある。
イ 確認行為型の裁定には一定の裁量権があることについて
原審は、裁定の法的性質について、本書「第2の2(1)」のとおり判示した。
上告人は、確認行為型の裁定に一定の裁量権があることに関しては、最高裁判所判例解説(甲第7号証、939頁〜941頁)を引用し十分に説明しているが、原審判決は、この説示(甲7)に従えば、主文が全く反対の結論になるところ、この書証の説示に誤りがある旨の指摘や、この書証の考え方を採用しない理由は付されていない。実際は、付されていないというより、矛盾が生じるので付すことができないのである。
A 裁定における老齢年金との違い
障害年金の裁定に一定の裁量権のあることを最も分かり易く説明するには、老齢年金と障害年金の違いについて説明するのがベストである。年金について勉強すれば直ぐにでも分かるこの違いを、法律の専門家は「別異に解する理由はない」(4頁下から1行目)と判示する。
問題の裁定が、国年法16条及び厚年法33条という同じ条文に基づく処分であるという意味では、老齢年金の場合でも障害年金の場合でも差異は生じていない。しかしそれは、この条文に基づけば、本来、老齢年金においても立法政策上裁量権はあるのだが、老齢年金においては、その権限を行使する必要がなく、発揮されていないだけのことである。原審はこのことを見逃しているので、差異のない説明になっていない。
同じ現象だからといって、この違いを混同すると、原審のように「差異はない」という結論になってしまう。この違いは、規定上も経験則上も明らかであるが、更に明確化する。
B 老齢年金には初診日証明義務も障害等級認定の存在しないこと
第一に、障害年金には初診日があることであるが、これについては、上記第3の1(1)アを引用する。
第二は、裁定の最も重要な部分が、障害等級認定であるが、これは原審の判事内容とは異なり、処分行政庁には一定の裁量権があることである。障害認定基準には、色々な側面から細かな基準が記載されているが、それでも客観的な等級の判定は不可能で、最後は、「その原因、諸症状、治療及び病状の経過、具体的な日常生活状況等」により、総合的に認定する旨の規定であるので、裁量権のあることは疑う余地がない。そして、不服申立て中に、保険者自らが「処分変更」をすることがあるのだから、これは違法ではなく、裁定に裁量権のあることは、動かし難い事実である。
C 医証も取れない内に時効だけが進行していってしまう矛盾
障害年金では、初診の病院等が廃業したり、経営者が変わっていたり、カルテが保存してなかったりすることは頻繁で、その場合は、当然初診日証明もできない。原審によれば、そのような場合においても支分権の消滅時効はどんどん進んでいってしまい、基本権の発生月の翌月から5年が経過すれば支分権の時効は完成することとなってしまう。
D 当然発生型の行政処分と混同した誤判断の存在
 原審は障害年金の裁定請求には、裁量権が全くないと判示する。そして、札幌高裁(乙第37号証、4頁下から9行目)においても、「画一公平な処理を図るために基本権の取得につき厚生労働大臣による裁定を受ける必要があるとするなどの厚生年金保険法の規定及び趣旨に照らすと、処分行政庁は、厚生年金保険法47条に定められている障害年金の受給要件が満たされているかどうかの判断や、障害年金の受給要件が満たされているときに障害年金の裁定をするか否かの判断について、裁量権を付与されているものではないと解される。」との同様の誤判断が見られるが、この解釈は、最高裁判例解説(甲第7号証)でいう当然発生型の立法政策の場合に当て嵌まるものであり、他の立法政策による裁定等に当然に当て嵌まることではないので、明らかに法解釈を誤っている。
E 裁定に裁量権のあることを示す特徴的な事実について
これを実務上証明している最たる事例が、上記で述べた、保険者が不服申立ての途中で、自ら処分変更することがある(参考4、参考5の1及び参考5の2)ことである。これは、裁量権なくしてなし得ない。正しく裁定には一定の裁量権のあることを証明する最も端的な事実である。
F 多数の要素の総合評価は裁量そのものであることについて
精神の障害については、等級認定に係る詳細な「ガイドライン」(甲第6号証)が出されていても、明らかな地域差があったのであり、このような決まりがあっても、なお、障害等級の目安についても、「必要に応じて診断書を作成した医師に内容確認をするなどしたうえで、「I 障害の状態 ウ 3 日常生活能力の程度」及び「日常生活能力の判定」以外の診断書等の記載内容から様々な要素を考慮のうえ、総合評価を行う。」のである。
総合評価の際に考慮すべき要素としては、「考慮すべき要素は例示であるので、例示にない診断書の記載内容についても同様に考慮する必要があり、個別の事案に即して総合的に評価する。」ことになっているのだから、原審の「確認できる資料がなかっただけ」との憶測は明らかに間違っており、障害年金の裁定に裁量があることは動かし難い事実である。
(3) 「法36条所定の支払期が到来した時から進行する」について
 原審は、上記(3)の表題の「所定の支払期」を厳密に考察していない。他の表現からは、同条3項の原則的な支払期月を意味するものと思われるが、この条文には、ただし書が存在するのだから、これは条文全体を見ていない独善的な解釈である。原審は、その独善的な解釈に基づいて、「…法36条所定の支払期が到来した時から進行することを否定していると解すべき理由は見当たらない。」としているが、「法36条所定の支払期」の定義自体が、上告人や一般的見解とは食違っているのだからこの説示は意味をなさない。
この曖昧な観念に基づいた誤用を排斥し、以下で正しい解釈について詳述する。
ア 法第36条の規定は、期限の定めの規定であること
法第36条は、この条文のタイトルどおり「年金の支給期間及び支払期月について規定したもの。」(参考6、187下段11列目)である。この支払期月は、期限そのものであるので、期限の定めのある債権である。同条3項では、原則的な支払期月を定め、例外的な支払期月を「ただし書」として定めている。これは、いずれにしても、期限の定めである。
基本的に、債務の期限を債務者が自由に決められることは、商人間でも私人間でも通常の取り決めでは考えられない。債務者が支払期限を自由に決められるのであれば、債権者が不測の損害を被ることになってしまうからである。
このことは、公的機関と私人間でも同様である。従って、この事実を否定することはできない。
法の定める原則的な支払期月は勿論のこと、3項ただし書の定める支払期月についても、期限の定めのある債権である。後者については、不確定期限にはなるが、期限の定めが存在する。
年金の支払期月の規定が、期限の定めのある債権であることを分かり易くするために他の法令と比較する。例えば、地方公務員災害補償法では、法令自体に期限の定めはない。従って、障害補償及び福祉事業決定通知書に「支払日(振込日 平成9年4月30日)」(参考7)等として、必ず記載される仕組みになっている。この場合、この通知がされた時に初めて、期限の定めのない抽象的な債権から期限の定めのある具体的な債権に変わるのであるが、公的年金では、予め年金法により支払期限が定められているのである。
イ 法第36条には、ただし書が存在すること
原審判決のいう所定の支払期は第一審の判断を踏襲して推論を進めており、ただし書については検討の対象になっておらずその存在すら意識していない。これでは正しい判断が導かれるわけがない。本件に係る正しい支払期月は、上告人の主張するただし書であるので、正反対である。
第一審の判決文を読むと、関係法令に本条ただし書が挙げられておらず、最も重要な関係条文が認識もされていなかったことになる。
ウ ただし書の適用解釈(適用場面)について
これに関しては、このただし書は、裁定の遅れ等のために事務が遅れた場合に適用される例外的規定であり、限定列挙の規定である旨、「…3項ただし書は、同項本文所定の支払期月が経過したものの、裁定手続の遅延等によって未払いになっている年金や、失権や支給停止が生じた場合における直前の支払期月の年金については、同項本文所定の直近の支払期月を待つまでもなく直ちに支払う旨定めたものであるから、…」との説示をした下級審判決(名古屋高裁平成27年6月17日判決 平成27年(行コ)第6号、判決文4下から11頁行目)も見られるが、この解釈は、発想の根本から誤った判決である。
この規定は、上記アのとおり、支払期限の規定であるので、支払期月については、全ての場合が網羅されている。従って、ただし書は、限定列挙の規定ではなく、例示的規定なのである。
従って、本件における具体的な支払期月は、ただし書を適用し、裁定時(ただし、初日不算入)が起算点(甲第5号証、252頁左から2列目)となる。
これが正しい解釈であり、裁定前の過去分のありもしない観念上の偶数月を「法36条の所定の支払期」とする被上告人の主張及び原審の判示は、年金法及び民法の定めと論理が噛み合わず、現実の問題としても起こりえないフィクションである(条件未成就で支分権は発ししておらず、期限未到来で消滅時効が起算されることは絶対にない)ので、違法は明らかである。
ここが大事なところであるが、原審の誤りは、民法第166条1項の解釈につき、期限の定めのある債権については、「権利を行使することができる時」が、期限の到来時であることを見逃している点にある。
エ ただし書の具体的な支払期月の解釈について
ただし書の具体的な支払期月は、「原則的な支払期月である偶数月まで待つことなく、奇数月でも支払う」という解釈が定着している(上記の平成27年6月17日付け名古屋高裁の判示にもその旨の表現がある)ので、裁定のあった日の属する月の翌月となる。
オ 期限の定めのある債権の消滅時効の起算日について
期限の定めのある債権については、民法第166条1項にいう、「権利を行使することができる時」は、期限の到来した時である(甲第23号証)。
民法の大家である川島武宜教授は「弁済期の定めは、権利を行使するにさいして、最も一般的にみられる法律上の障碍となるものである。権利者は、弁済期にいたるまで権利を行使しえないから、当該権利の消滅時効は、弁済期の到来をまってはじめて進行を開始する。」(参考8、282頁6行目)と述べ、我妻榮、有泉亨両教授は「期限の定めがある債権については、その期限が「確定期限」でも「不確定期限」でも、期限到来の時が「権利を使することができる時」である。」(甲第33号証、394頁6行目)、「期限の定めのない債権については、債権成立の時が「権利を使することができる時」」(甲第33号証、394頁下から8行目)と述べられている。
被上告人及び原審は、期限の定めのある債権と期限の定めのない債権を混同している。
カ 原審の誤りの原因等について
原審の誤りは、年金法の支払期月の規定を、期限の定めのない債権と解釈して、民法第166条第1項の規定を、文字どおりの、「権利を行使することができる時」として探り、その具体的解釈を、基本権の発生した日の属する月の翌月としたところにある。
「期限の定めのない債権は、上記のとおり、債権成立の時が「権利を行使することができる時」である。」)ので、この考え方によれば、原審の誤った考え方になってしまう。
しかし、期限の定めのある債権については、上記オのとおり、「権利を行使することができる時」は、「期限の到来した時」となるので、原審の判示は、明らかに誤っている。
キ 類似事件を担当した裁判官ですら被上告人の主張する支払期月の解釈に疑問を持っていたことについて
今回最高裁判例の第一審の判決(乙第38号証)を読めば明らかなように、この裁判官は、被告の主張した支払期月に疑念を持っていた。判決文では、「…、支分権たる受給権の消滅時効の起算点がその本来の各支払期日である限り、…」(11頁2行目)、「…、裁量権が付与されているものではないと解される、…」(12頁14行目)等重要な根本的部分で、判決に「である限り」と条件を付けているのである。
このことから、この裁判官が、被告の主張する支払期月が正しい解釈であると納得していなかったことが明らかである。
ところが、よくよく検討してみれば、障害年金について潜在的抽象的観念論を採用できる理由はなく、被上告人の主張や原審の判示する支払期月は、この裁判官が疑念を抱いたように、正しい支払期月ではなかったのである。
従って、前提が崩れ、判決は逆転させるべきものであった。
(4) 「その判断に裁量がないということに変わりはなく」について
ア 障害年金と老齢年金との違い
障害年金と老齢年金との違いで顕著な部分は、障害年金には、老齢年金には存在しない初診日証明義務と障害等級認定があることである。これを「別異に解する理由はない」などと言い張るのは、法律的解釈とはかけ離れた詭弁である。
重複を避けるため前者については、前記(2)イを引用する。
未記述の後者について述べれば、精神の障害に係る障害等級認定に係る規定は曖昧(障害認定基準(参考1)、国民年金・厚生年金保険法 精神の障害に係る等級判定ガイドライン(以下「ガイドライン」という、甲第6号証))で、かつ現実の運用も区々であるので、裁定請求をしたとしても、裁定前には、受給の有無も、障害等級も誰にも分からない。このような状態のまま支分権消滅時効が進行し、時効が完成することは、重要な関係法の規定等に反し違法である。
イ 支分権の独立性について
本件のように、長年行政が運用してきたことに不合理、理不尽があれば、物事の根本から考え直さなければならない。本来基本権と支分権は独立した権利であり、一旦発生した権利については、相互に影響を受けないというのが定説(昭和41年5月「年金の基本権と支分権およびその消滅時効」民商法雑誌52巻4の2号 青谷和夫著)であり、このこと自体被上告人も認めている事柄である。
元々、本来独立した権利であるので、基本権に対する権利不行使を支分権に対する権利不行使とみなして裁定前に時効消滅させるなどという理屈は正論ではない。
ウ 老齢年金に権利の混同を認めるのは曲論であることについて
しかし、老齢年金については、保険事故の有無、発生時期は客観的に誰の目で見ても明らかであり、実際に裁定請求さえすれば、100%裁定請求が認められる関係にある。そして、そのことは、裁定請求時に万人が知り得ることであるので、何度も何度も裁定請求を促してもそれに応えず、中には、行方不明者等もいる現実を考えれば、この曲論を老齢年金について認めたとしても不合理はなく、双方に便益を与える措置であり、理に適っているのである。
ところが、これを障害年金に当て嵌めた場合、多くの不合理やその人の一生を大きく左右するような理不尽なことが起こり、年金法の目的にも背く事態が発生するのである。
エ 原審を認めると時効中断の方法が全くなくなることについて
現実の裁定請求を考えた場合、老齢年金であれば、上記の理由で、裁定請求時に現実の受給の有無も分かるので、潜在的抽象的観念論を用いても実害は発生しない。しかし、障害年金、特に精神の障害による障害年金の場合は、裁定請求時には裁定がされるかどうかも分からないのである。
原審がいうように障害等級に該当するほどの障害の状態にあるとした場合でも、初診日証明ができない状態では裁定請求は出来ず、そうかといって、時効を中断する方法は全くない。このような状態で支分権消滅時効が進行し、完成してしまうことは、あってはならない不合理である。そして、この不合理は歴然としている。
このように障害年金にまで、曲論を採用すべき理由はなく、本件は、正論に立ち戻り、支分権に対する権利不行使の有無により措置すべき事柄なのである。それに反する現在の運用及び原審が違法であることは明らかである。
裁定の有無が分からない時点では、基本権に対する権利不行使を支分権に対する権利不行使とみなすことはできず、原審の推論は、少なくとも精神の障害に係る障害年金においては成り立たない。
上記の場合、受給権者は、障害年金の受給権がありそうだと感じていても、時効を中断する方法が全くないのであるから、このような不合理はあって良いはずがなく、重大かつ根本的な矛盾は、これを機会に最高裁の力で解消していただきたい。
(5) 「それは確認できるだけの資料がなかっただけのこと」について
ア 障害の状態を確認できる資料があっても裁量で棄却されていることについて
 障害年金の障害等級の認定をめぐっては、認定医の判断に個人差があり、処分庁は、ほとんど認定医の判断に従って処分をしているので、色々な問題が発生している。不服申し立てでは収まらず、障害等級の認定について訴訟に発展するケースもままある。
原審は、このような場合も、いとも簡単に「資料がなかっただけ」と誤った判断をしているが、実体はそのような単純なものではない。(参考9の1ないし参考9の3)
イ 資料が確認されても多くの棄却の事実が存在することについて
T様の事例では、某大学病院における診断書であったが、当初の診断書(参考9の1)が面接もないまま書かれたものであったので、数度の入院の事実を見逃し、「在宅」と記載する等の重大な誤記が多数あった。
結果、2回も診断書を訂正してもらっているが、訂正未完の内に担当医が転出されてしまったので、これが最終判断に使われてしまった事例(参考9の2)である。
この医師の最終訂正版でも、完全看護の入院の状態では当然変わってくるべき、診断書「I 障害の状態 ウ 3 日常生活能力の程度」の部分が訂正されていなかったので後任の医師に別の診断書を出してもらった(参考9の3)のだが、結果、保険者は、自己に都合の良い当初の間違った診断書(参考9の2)が正しい診断書として認定を変更しなかった。
これは、正しい資料(参考9の3)及び下記Y参与の意見を保険者が保険者意見においても裁量で認めなかっただけのことであり、原審の説示は根拠のないことを証明している。
 また、本件では、社会保険審査会でのY参与が、当時は、特定不能の広汎性発達障害は、障害認定上認められている病名ではなかったし、64kgあった体重が、36kgになっている事実をみれば、これは大変なことだから認めるべきだ、との意見を発言してくれたが、裁決では、このような意見のあったことも記載されずに棄却された。
この事実は、「資料がなかっただけ」という原審の説示が誤っていることを証明する事実であり、原審の説示は、実際の運用の実体とは食違っている。経験もない裁判官が、何の根拠もなく単なる推測で、「差異はない」、「資料がなかっただけ」等と判断しており、これは判決理由とはいえない。
2 本書第2の2(知った時から起算)について
上告人は本件支分権の消滅時効は知った時からの起算が正しい旨主張していたが、その主張のうちの一つに改正民法の考え方を述べた部分があった。上告人はこれについて改正民法の時効の「起算点に係る基本的な考え方」を述べたものである(控訴理由書第5の3、20頁12行目)が、原審は上告人の主張を誤解して、未だ未施行の改正民法の条文そのものを引用して上告人の主張を退けた。これでは全く議論が噛み合っていない。
3 本書第2の3(権利行使の妨害)について
本項は、信義則違反の成否について、「裁定請求時には既に時効消滅していた」という原審の結論を既定の事実として理由としているもので、前提が崩れれば、意味をなさないものである。
4 本書第2の4(年金法の保護規定違反)について
本項も、時効消滅を既定の事実として、会計法の関係規定を排除していないから信義則に反しないとしているが、前提が崩れれば、意味をなさないものである。
5 本書第2の5(年金法等の根本からの誤解釈)について
上告人は、関係内部通知の前段の共通的な基本的事項についてその考え方を採用すべきと主張したもの(控訴理由書、第5の3、20頁13行目)である。
ところが原審は「この通知自体が、民法第158条1項の適用について通知したものであるから採用できない」、と食違いを生じさせている。
個別の通知は、その前段の通知の基礎となる基本的な考え方に基づいて作られているので、前段の表現は、正しく的確であり、かつ関連事項に関しては共通的に有効である。
6 本書第2の6(精神の障害による裁定不能が事実上の障害か)について
上告人は、本項では精神の障害のために、自らが障害年金を受けられる状態かどうか分かり得ない場合を問題にしている。ところが原審は、裁定請求は、医師の診断を受けていることが前提だから、受給権者が当然傷病について認識していることが通常のことであると説示する。
しかし、このような説示では、上告人の主張・投げかけに応えていない。上告人は、「この場合にも事実上の障碍か、それともこの場合は法律上の障碍と認めるのか」を問うている。従って、原審の説示自体にも以下で示すとおり矛盾がある。
本書第3の1(1)ア後半の記載のとおり、「医師の診断を受けていることが前提だから、受給権者が当然傷病について認識していることが通常のことである」から裁定請求ができるとはいえない。
また、医師によっては、障害年金をもらうと回復が遅くなる等と考えている医師もおり、障害年金の受給に消極的な医師もいる。そして、ほとんどの医師は、障害年金の案内もしてくれない。
従って、医師の診察を受けていても当該傷病について認識しているとはいえない。これも精神障害の特徴すらわかっていない裁判官の問題のすり替えであり、上告人の主張に応えていない判示である。
7 原審に最高裁判例と相反する判断があることについて
最高裁は、「単に権利行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できることをも必要とするのが相当である」(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第3小法廷判決・民集50巻3号383頁)としている。
ところが、精神の障害においては、縷々述べてきたように、裁定請求時には裁定請求が受理されたとしても、初診日証明を含む裁定という法定条件が未成就であり、受給の有無及び障害等級は誰にも分からないのであるから、権利行使が現実に期待できず、原審は上記の最高裁判例に相反する判断であった。
以下、分割Aに続く
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