2018年05月05日

夏野菜の定植


実は今年に入ってから私の私生活は急変している。今日のテーマはその一片を夏野菜で表したにすぎない。

今年の1月4日(木)には、次女の家族と同居している。次女の家族は、中3の女子と小2の男子(仁哉⇒仁)がいる(ご主人は、事情があって、未だ市内の実家を生活の本拠地としている)のだが、仁が生まれるまでは、3人の娘に、各々一人ずつの女子の孫だったので、直系で唯一の同性である仁と私は、ぴったりと息が合っているのである。

今はこんなのんきなことは言っておられるが、実は同居するまでが大変で、私達夫婦で溜め込んだ余分な物が一杯で捨てるのに2〜3カ月はかかっているし、一苦労したのである。この片付けには2人の孫まで大活躍で、予定した1月4日(木)に何とか間に合った感じである。

同居し始め、新生活になじまないうちに1月24日(水)には、妻がブロッコリーを詰まらせて意識不明になり、救急車で豊田厚生病院に運ばれたが、2月6日(火)には亡くなってしまった。食物誤嚥による低酸素脳症とのことであった。

妻は3人の娘が幼いうちに統合失調症を患い、長年苦労してきており、本来の希望に満ちた生活を送れなかったかもしれないが、振り返ってみれば、私も妻もそれなりに幸せであったのではないかと思っている。

3人の娘と4人の孫に恵まれ、妻は私を信頼しきっていたし、生まれ変わったとしても配偶者には再度私を選ぶと言っていたほどである。歳は私より三つ半若かったので、当然自分の方が長生きするものと思い、時々、私に対して、「一緒に死にたい」とか「ずっと生きていて」と言っていた。

私は冗談に、「こんな状態ではお前の方が先に逝くのは目に見えている」と言っていたのだが、これが本当になってしまった。

しかし、これが同居前のことだったら、悔やんでも悔やみきれないところであったが、わずか3週間ほどといえども次女の家族と同居できたのだから、これで良しとしなければきりがない。


さて、夏野菜の話であるが、例年定食はほとんど5月5日と決まっていたが、今年は4月30日(木)に行うことができた。色々な関係で心身ともに余裕ができたこともあるが、昨年収穫後借地の畑の約3/4は雑草よけの黒のビニールシートを張っておいたので、畝作りや石灰散布もずいぶん楽にできたからである。

メニューは、キュウリ、ナス、トマト、及びミニトマトが定番で、各々3本ずつである。仁がミニトマトが好物で、今年は収穫も成育の見守りも楽になりそうである。ミニトマトは丈夫で例年たくさんできるので、まったくもって好都合である。

仁は室内でテレビゲームに夢中になっていることが多いので、できるだけ自然に親しみを持たせたく思っており一石二鳥である。

例年雑草の処理に追われていた畑仕事が、今年は一転楽しみに代わってきた感じで大満足である。副次的効果も生まれてきており、少し前には巨峰の剪定もできており、うまくいけば今年は摘果までもができそうである。

これらがうまく運んでいるのは、次女が同居に先立って、私の発想ではできないくらいの思い切った断捨離を実行してくれたからだと思っており、感謝に堪えない。

これからは、仕事に追われることなく、仕事自体も減らしていき、より内容の濃い業務遂行をしたく思っている。なぜなら、今年は最高裁に対して、多くの下級審の理不尽な判決が違法であることを分かっていただく必要があるし、ほとんど受付け自体を拒まれている上告受理申立てを、潔く受理していただく必要があるからである。

これらは、精魂込めて、時間をかけて、工夫に工夫を重ねて丁寧に精一杯の表現をする必要があり、片手間でできる仕事ではないからである。


(今月からは、音声入力を拡大したので、平がなが多くなっている等表現方法が少し変わっています。)
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 17:40| Comment(0) | 11 所感