2016年05月28日

保佐人受任における代理権付与申請の失敗

今週の5月26日(木)大安吉日、名古屋地裁に障害年金の消滅時効事件について受任事件の訴状を提出した。受付では、入念に見ていただいて、訂正もなく受理され、本人の(控)と、別に用意した表紙の(写)に受付日付印を押していただき安心していたところ、その翌日、受付担当者ではなく、担当書記官から電話が入った。

代理権付与行為の文言に、弁護士でなければ訴訟代理人になれない旨の表現があると裁判官が言っているとのことである。これは、私も、申立て当初から、この表現で私に訴訟上の代理権が与えられるのか疑問に思っていたところである。これについては、ある弁護士から、「法定代理人の本人訴訟であり、我が国の民事訴訟は本人訴訟が最優先であるので、資格を有する者である」との見解を得て、実施したが、どうも事情が異なるようである。どちらが正解であるかは未確認だが、世の中行き違いは多いもので、行き違いがあってはいけない裁判所においてでさえ、私の体験では行き違いの満載である。

この件に関する行き違いは、単純であるが、場合によっては、結果に大きく影響するので、以下で詳述する。代理行為目録の2項には、以下のように書かれている。

「2 本人に帰属する財産に関して生ずる紛争についての訴訟行為(民事訴訟法第55条 2項の特別授権事項を含み、保佐人が当該訴訟行為について訴訟代理人となる資格を有する者であるときに限る。)」

このカッコ書があるから、訴訟の代理権は弁護士に限るというのである。家裁の担当書記官は、その旨を私に事前に説明したという。しかし、私は、申立て当日、担当書記官とは面談していないし、ほかの接触はない。私の面談したのは、調査官!?であり、別の人である。私はこの方には、本件の趣旨・目的を明確に話し、必要な説明をし、この方の理解を得えている。かつ、申立書には、必要な事項は明記している。

その後、担当書記官と直接面談したのは、本人のみであるが、この時に書記官はその旨を説明したのかもしれない。しかし、保佐相当の者に説明して完結もおかしな話である。重要なことは保佐人候補にも確認する等の必要があるのではないか!? 本人のみでないと不都合な面談内容は2人で行い、その後、補佐人候補と調査官を含め4人で確認すれば難なく済んでしまう話である。

そして、行き違いの生じた原因は、ここでも「混同」であると思われる。たぶん、この書記官は、訴訟事件は1つであると考えていたのではないかと思われるのである。本保佐事件に関しては、大別4つの訴訟事件がある。

本人の離婚に伴う事件であるが、@ 元夫から傷害を受けた事件、A 元夫の経営する会社からの給料一部未払いの事件、B 離婚に伴う財産分与及び慰謝料請求の事件、 及び C 障害年金の未支給年金支給請求事件である

C については、私が直接法定代理人として本人訴訟をする旨明確に区別して話してあり、申立書にもその旨書いてあるが、担当書記官は、これを含めて全てを弁護士を介して、私が補佐人となり追行するものと誤解していたようである。しかし、実はこのようなことは法制上起こり得ず、@ 及び B については、社労士である私は、補佐人となる資格もない。ここでも知識、経験の差によって、結果が割れる事態が起ってしまった。この事件に関して言えば、総合的に検討したり、欠けた点をカバーしたりするリスク管理もされていない。

私は、そもそも、この名古屋家裁の基本方針についても疑問を持っている。このカッコ内の表現は、名古屋家裁の基本方針であり、名古屋家裁の独自のものであるという。そして、この基本方針には例外はないという。それでは、保佐人及び補助人の場合の制度の目的が没却され、無いに等しくなるのではないか。この結果が分かっておれば、わざわざ成年後見制度を利用しなくても、本人訴訟支援で済んでしまう。事件によっては、最適な弁護士を自ら選んだ方がむしろ安全で確実となってしまう。一般論としては、代理権付与は可能だというのだからなお更である。一般的に障害年金の受給権者は経済的弱者が多く、高額な弁護士費用を支払うことができない。加えて、この事件については、法解釈誤りという一般論で国と争った全ての弁護士が勝訴をしておらず、勝訴確定しているのは私だけであるので、申請時にこの点を明確にして、今回はカッコ内を付せられたら、申立ての目的を達することができない点を明確にすれば、書記官の言う「例外は無い」が、実は「例外があった」ということになっていたように思われてならない。

なぜなら、担当裁判官は、希望候補以外に保佐人を選任し、失敗した場合の責任を取れないからである。
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2016年05月21日

半歩前進 !!

今週の5月17日(火)、神戸地裁において、障害年金の消滅時効を争う事件の第4回期日が開かれた。私は、この事件につき、法定代理人成年後見人として本人訴訟をしている。当日は、同日付の被告第2準備書面に対する反論及び原告の主張を補充する内容の第3準備書面を持参しする予定であったが、「急がば回れ」と決め込んで提出を伸ばした。

結果運良くこれが正解であった。裁判長が替わっており、3点の要請事項があったのと、この間にも、この事件に関係する新しい動きを掴むことができ、これを書証として提出することも可能となったからである。(前の裁判長は、比較的お若い気取らない女性でったので面白い面があり、ある意味残念!?)

新しい裁判長は、予備的主張である民法第158条1項の類推適用の方で決着を着けたく思っているようである。なぜそれが分かったかというと、ラウンド法廷での裁判長から次の資料要請があったからである

1 初診日以来のカルテの提出(これには、1病院かどうかの確認があり、ご配慮が窺われた)
2 今までの就労状況が分かるもの
3 成年後見審判の申立て日が分かる資料
である。

しかし、この報告を受けたご本人は、これでは、仮に勝訴しても、「同じような境遇にある人を救えない」という。先生も、「多大な苦労をして、何のためにやっているのか分からなくなるのではないのか」、といった趣旨を述べ、長くかかってもいいから、主位的主張で頑張ってくれという。

私としては有り難い話ではあるが、その趣旨は、別の受任事件でも果たせるので、先ずは、受任事件についても、勝訴の形で1件落着を見たい思いもあったが、多分、次回で結審の打診がなされるが、次回提出する第3準備書面に対する反論を受けたい旨の主張をすることで納得していただいた。詰り、結果は、裁判長の判断に任せるということである。

今一つ注目すべきことがあって、従来の高裁判断は、老齢年金と遺族年金及び障害年金との間には、「異なる立法政策を、見付け出すことができない」という趣旨のであったが、この間に、私が唯一受任している遺族年金の事件について、5月12日の福岡高裁の判決文が届き、「遺族年金と障害年金を同じ土俵で論じることはできない」旨の判断が下されたのである。

私は、これを、「半歩前進」と思っている。従来の高裁判決等では、上記のとおり、「老齢年金と遺族年金及び障害年金は、異なる立法政策を採っているとは認められない」旨の判断であったが、今回は、遺族年金と障害年金の違いを認めた。

「基本権としての発生要件としての被保険者の死亡という明確な事実を要件とする遺族年金と、様々な症状のある障害等の存在を要件とする障害年金とを同列に論じることは相当ではなく、失当である。」(判決文4頁5行目) としている。

私たちは、一貫して、「老齢年金と遺族年金及び障害年金は異なる」と主張しており、現実には、遺族年金においても、生計維持要件の認定で、棄却されているケースは多くあるものと思われ、親しい社労士に実例を照会したところ、当面、生計維持要件の認定において棄却されている事件を2件確認(実際には、棄却の前提になる「受付」さえされないケースがもっと多い)できた。

従って、福岡高裁は、誤った判断をしていることになるが、これについては、最高裁に分かり易く訴えるより方法がない(実は、今一つ方法があり、厚生労働大臣に対する異議申立てを平行実施する)。

今後は、老齢年金と遺族年金の違いを認めさせれば一つの糸口になるので、活動範囲を広げ、継続的な運動を強化する所存である。

私が、成年後見人として、又は補佐人として、受任事件について裁判に直接係わることができるようになったのは、社労士法が改正施行された平成27年4月と時期が合致しているので、概ね1年間に「半歩前進」ということになる。これが、遅いか早いかは、人それぞれに感じるところが異なるが、これが現実であるので、じれったいがそれは我慢しよう。

平成19年からこの裁判を争ってきて、分かったことが色々あるので、近く、某専門誌に記事投稿を予定しているが、一言でいうと、この裁判は、第一審でとことん議論して勝ってしまわないと苦しくなるということである。ところが、私は、この肝心な第一審から参加できていないのである。補佐人としての参加は、その全部が高裁からの参加で、かろうじて間に合ったと思っていたが、そうではなかったのである。

第一審に負けてしまうと、次回以降は、公平・公正である筈の裁判所を敵に回すのと、実質的には一緒のことになってしまう。そして、高裁では、1回の期日で結審となり、込み入った議論はできないに等しい。この手の行政訴訟では、実質的には、三審制は保障されておらず(簡裁が第一審であれば、三審制になるが、行政訴訟は、簡裁に提出しても地裁に移送されてしまう)、実質的には、高裁判決が確定と同じことになっているのである。最高裁に上告や上告受理申立てをしても統計的には97%は受付すら叶わない。

この事件は、権利の重要性、遵法精神第一である筈の国の違法行為性、及び行政の暴走による国民の権利侵害といった極めて重大な事件であるが、正に、「判断しない最高裁」である。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 11:18| Comment(0) | 1 障害年金

2016年05月14日

たゆまぬ努力を続ける家族

時々電話をくださる定期訪問者の言葉もあり、ここしばらくは早めの時刻にブログをアップするように努めていたが、本日は果たせなかった。11時頃まで、急ぎの対応をして、 刈谷市で開かれた愛知県精神障害者家族会連合会50周年記念式典・講演会に参加したからである。

会場には、当事者を含め多くのご家族の参加者がみえ、補助椅子を設けても間に合わないほどの盛況であった。私が参加したのは、 記念式典、記念講演、及びシンポジウムである。記念講演の講師は、愛知県精神保健福祉協会会長、名古屋大学医学部附属病院精神科教授、遺伝カウンセリング室室長の尾崎紀夫先生であった。講演のテーマは、「精神障害はどうして起こるのか? 遺伝? 育ち? 遺伝カウンセリングって何?」であった。

難しいテーマに対して、自然流で分かり易く説明され、講演後の質問に対しても、臨機応変に 余裕をもって回答されていた。お話の概要は、例えば統合失調症が、どうして発症するのか、 未だ完全には分かっていないが、小さい頃養子に出されて統合失調症を発症した方の、元のご家族と、養子先のご家族での統合失調症の発症頻度を比較検討した結果、育て方で発症する病気ではないことが分かってきたといわれる。また、一卵性と二卵性の双子を対象として、 統合失調症発症の一致率を検討した結果、遺伝だけで決まるものではなく、遺伝と環境の双方が発症に関係することも判明してきたそうである。

最近、人の遺伝子(ゲノム)を解析する方法が進歩し、精神障害の発症に関わる遺伝子も徐々に分かりつつあるとのことで、例えば、そのうちの一つ、22番染色体の欠失と呼ばれるものは、数十の遺伝子に影響を与えて、小さな頃には自閉スペクトラム症や注意欠如多動症、思春期以降には統合失調症の発症に関わること、心臓病やホルモンバランスや免疫の乱れなど身体の病気にも関わること、さらに遺伝子が関係していても90%以上が親から子に伝わるるものではないことが分かってきている。平成27年に「難病」として国の医療費助成等の対象となる病気の数が、110から306 と増え、この22番染色体の欠失も難病に指定され、他の難病と同様、22番染色体の欠失が、どのような機序で精神障害や身体疾患を引き起こすのかは未だ不明で、今後の研究が必要だそうだ。精神障害の本態を突き止め、より良い治療法や診断法に見出そうとする研究がなされているが、これらの研究は、当事者、あるいは家族のご意見を取り入れながら、進めていくことが大事だとの進言であった。

この講演の後、県の所管課長、愛知県精神科病院協会、支援施設運営者兼精神保険福祉士、及び当事者の代表者の立場から各々15分程度の発表があり、尾崎先生がコーディネーターとなり、補足、まとめ、及び質疑応答の時間が持たれた。

当事者及び支援家族を含め数人からの質問があったが、その質問内容・態度から、参加者の取組みの真剣さが窺えた。

私は、まだ読んではいないが、創立50周年記念誌をいただいてきたので、この貴重な資料により歴史を含め色々な側面から勉強させていただく積りである。
posted by 326261(身にロクに無い:身に付いていない:電話番号!!) at 21:06| Comment(0) | 1 障害年金